巨樹たち

岩手県北上市「和賀仙人姥杉」

金の道を標す巨大煙突

仙人峠へ昇る……

 横手市を抜けて東へ走り、温泉がある駅で有名な「ほっとゆだ」を過ぎると、すぐさま雄大なダム湖の風景が広がります。
 紅葉に気を取られないように、でもどうしても気を取られつつ走っていくと、いつの間にか岩手県に入っていました。
 東西に非常に長い「錦秋湖」、その名の通りの紅葉の名所と言えます。

 実は、今回の巨樹探訪、寸前まで決めかねていました。
 ちょっと森が深いらしいし……いや、なんだろう、コロナ鬱だったのかも。
 秋田の巨樹をいくつか回ってきたわりには、やけにやる気がなかったんです。
 まあ、紅葉綺麗だというし、近くまで走ってみるかあ……くらいのテンションでしたが。

 明かしてしまうと、ここでネイチャー・コーリングがなければ、そのまま仙台まで戻っていたかもしれません。
 ああ、ニョーイですよ、尿意。

 「道の駅・錦秋湖」がうまい具合に近くにあるので、しけこむ。
 しかし、前述の通りここは観光スポットであるので、駐車場は満杯。
 じりじり出待ちしつつ、何度か心の中で罵声を発しつつも、無事目的を果たしたのでした。

 爽快な気分で、もちろん紅葉を何枚か撮る。
 ……と、生理現象と入れ違いに、ぽっと、「行ってみよう……」という気持ちが湧いてくるではありませんか。
 当人以外にはつまらない話で恐縮ですが、こういう衝動を無視せず、大切にしたい。常々そう思っています。

 さて、今回少し探訪クエストがあり、そのつもりで好きなように書いてますが……
 行くと決まれば、目印を探さねばいけませんよね。

 今回の巨樹の目印となるのは……そう、工場!
 ウソではありません。「旧和賀仙人橋」を渡ってすぐ右折し、殺風景な工場区画の中を進んでいきます。
 さっきまで錦秋を楽しんでいたギャップから、「ほんとにここかよ!?」と立ち止まりたくなりますが、それは右折の後で(急ブレーキ危ない)。

 右折したら、そのまま行き止まりまで直進します。
 なんらかのスチームがシュウシュウ上がってたりして、我が故郷の臨海コンビナートをホームシックしそうになりますが直進。
 途中で砂利道に変わっても直進。
 すると、そこそこの広さの駐車場が現れるはずです。
 ここが「仙人山」登山者、および巨杉擁する「久那斗(くなと)神社」参拝者用の降車場というわけです。

 さあ、ここからは歩きます。
 書籍によれば、50分の距離だという。
 軽登山だと考えた方が良いので、ストックを持ち、あとクマ鈴……は、この旅ずっとリュックにつけたままだった。

 山道はそこまで荒れていず、傾斜で息が切れるものの、一歩一歩進むのが気分良い。
 鬱っぽさなんてのはトリモチの壁みたいなもんで、突き破り引きちぎって進むしかない。
 最初の一歩がすごく重いけど、踏み出してしまえばなんてことはなかったりする。

 途中、涸れ川みたいな場所を渡りつつ(雨の日は川か?)、鉄道の鉄橋をくぐる。
 目印は多くないので、mapで見た川や線路、道路との位置関係を覚えておくのが不安解消に役立つでしょう。

 ところどころ、人工物もあり……
 ほほう、これを見落とすなと!?(現在もこのままかは不明)

 山を巻き上がる道にヒイヒイ言い、体力の低下を思い知る。
 東北森林管理局のサイトによれば、ここは古道だという。
 これ以上要約のしようがないので拝借しますが、

 「岩手県北上市和賀町山口瀬畑から和賀川右岸沿いに岩沢、切留を通り久那斗(くなと)神社奥宮のある仙人峠を越え、西和賀地方・秋田県平鹿地方に達する古道があります。
 奥州藤原氏の時代には、出羽仙北や西和賀地方から産出した金を平泉に運んだ道として伝承され、「秀衡(ひでひら)街道」と呼ばれています。」

 中尊寺金色堂の煌めきと古色が即座に思い浮かびます。
 崩れかけた石垣遺構?や、藪に埋もれつつある石仏を見かけるのも道理か。

 だいぶ登り、遥かに国道を見下ろす。
 息切れと汗にちょっと苦しくなってきた頃、巨杉はその身の登場そのものをもって到達だと証します。
 12:35出発、スギに出会ったのが13:20なので、45分かかったことになります。

姥杉出現

 改めて、これが「和賀仙人姥杉(わがせんにんうばすぎ)」。
 疲れを忘れて駆け寄りたくなる興奮とともに、巨大なものへの畏れを湧き起こさせます。
 あまりにも太く、他の樹木たちとは全く違った存在感で空間を歪めている。

 出発点が工場だったからか、樹木というより巨大な構造物……
 そう、例えば軍艦のどデカい煙突が濃緑の煙を噴き上げているかのような……
 単一の生命としてはあまりにも大きく、重厚すぎるのです。

 とはいえ、これは間違いなく樹木だ。
 それも、かなり野性味ある大裏杉だ。
 片側が崖で陽当たりがよく、反対側は山陰。
 もちろん樹木としては明るい方に樹勢を集中させるため、全体として傾き、大枝は全てそちらに集中している。
 三又に分岐した幹は垂直に伸びつつも崖側へ向こうとし、大枝が別のそれにのしかかっている……
 「個の中の個」のような意思を感じ、合体杉かもしれないと思えてくる眺め。
 言うまでもなく、並のスギの3倍以上は太いのだから。

 現地に解説板はないので、結局また森林管理局の解説を公式とします。
 以下、要約。

・この姥杉は古来から「仙人峠」を越える際の目印だった。

・940年代、藤原秀衡の先祖がこの峠に久那斗神社を建立、その御神木として植えたスギだという。
 そこから推定樹齢は900年以上とされている。

・樹高約30メートル、根元周り11.5m、大人7~8人でやっと手が回るほどの太さ。

・かつて、爺杉(じじすぎ)、婆杉(ばばすぎ)という、およそ同じ大きさの杉が道の両側に生えていて、上部がくっついていた。
 爺杉の方は枯れ朽ちて姿を消し、婆杉が現在の「姥杉」と呼ばれるに至った。
 
・姥杉は北上市の天然記念物に指定され、林野庁の「森の巨人たち100選」にも選定された。

 かなり古い時代だとは思いますが、若々しいペアの門杉が立っている風景だったのでしょう。
 対面側は森に呑まれてしまって、少なくとも予備知識なしに気付ける大杉の痕跡はありませんでした。

 「根回り」11.5メートルとありますが、大人が手を繋いで回すのは明らかに幹でしょうし、読み替えて違和感はない。
 また、「森の巨人たち100選」の岩手県選抜ですが、「重茂(おもえ)の大ケヤキ」が倒壊しており、この姥杉のラストマン・スタンディング状態です……。
 「重茂」は森含めの指定だったようなので、巨樹ファンからすればこの弩級の姥杉が今も立っているのは僥倖です。

 予備知識はありませんでしたが、ここに身を置けば、この細い山道が見た目以上の重要性をもって維持されてきたことがはっきり意識されます。
 異形なほど巨大に見えた姥杉も、その歴史的実感の中では当然の存在。
 道標に植えられたスギがこれほどの存在感となるまでに古い。
 それだけの途方もない時間の流れ。ただそれだけ。

 いや、考察は抜きにしても、これほど圧倒的存在感の巨樹を間近に見て、完全に満足できました。
 小雨が降り始める中、姥杉に一礼し、意気揚々と下山しました。

「和賀仙人姥杉」
 岩手県北上市和賀町仙人
 久那斗神社
 推定樹齢:900年
 樹種:スギ
 樹高:30メートル
 幹周:11.5メートル

 市指定天然記念物
 森の巨人たち100選

 訪問:2020.10

探訪メモ:
 軽登山靴、クマ鈴必携。ストックも疲労軽減に役立ちました。
 先へ進めば久那斗神社の社があるそうですが、道はキツくなるらしい。ちなみに、峠にふさわしい、交通安全の神様だそうですよ。
 近年、小学生たちが姥杉を挿し木で増やす活動を行ったそうですが、地元小学生にも登れる道……だとは書いてありませんでした(一応)。

6件のコメント

  • to-fu

    まず真っ先に感じたのが、こういう登山ルートを切り拓いてくれた先人は本当に偉大だなあと…
    いやあ、これは発見した瞬間の狛さんの興奮が伝わってきますよ。到達までの苦労こそが最高のスパイスですね。
    そして発見した瞬間が感動のピークにならないだけの迫力よ。
    樹皮の黒ずんだ感じがまさに黒煙のススを被った煙突のようだと感じました。

    東北に行く機会があったとして、予定を半日潰してこのスギを見に行けるか。
    遠方に住む人間にとって究極の選択ですが、見に行っても確実に後悔しないであろう一本ですね。
    いや、たまにしか行けないからこそ率先してアクセス困難な巨樹を見ておくべきなのかも。

    この大杉を見ていたら唐突にバケモノ系の大杉を眺めたくなってしまいました。
    来月は久しぶりに高井の千本杉と八ツ房杉にでも行ってみようかな。

    • to-fuさん>
      まさに北方の王者だった藤原秀衡の圧倒的存在感は今も岩手界隈で伺えますが、道は使い続けられてこそ残るものですよね。
      一度埋もれてしまうと再び見出すのは難しいはずで、姥杉はそのためにも一役買ってくれていると言えそうです。
      もちろんこの物凄いスギを知り、「見たい!」一心で頑張って進んだわけですが、この手の達成感の高さに慣れてしまうと、町場の探訪じゃ簡単すぎて物足りなくなってしまいそうです。
      石徹白やつるぎ町にも同じことが言えそうですが、巨樹のでっかさだけじゃ満足できない危険なヤツになりそうですよね。笑

      確かに、遠方からおいでの日数に限りある方に勧めるかどうか、現地民として責任重大。
      ホントは山形の「松保の大杉」も是非! ですが、そんなことやってたら1日1本ずつしか行けないことになってしまう……。
      でも、to-fuさんに導いてもらった台杉群生地の捜索、あれが以後、やる/やらない、できる/できないのベンチマークになってくれた気がしています。

      こちらではスギばっかり連続してるので、たまにクスを訪ねられたらいいんですけどね。
      ああでも、「高井の千本杉」に「八ツ房杉」……超広角持ってもう一度挑んでみたいです。

  • RYO-JI

    さすが森の巨人たち100選、間違いない一本ですね!
    到達難易度が高いからこそ感動が大きい・・・というのもありますが、
    逆に期待度が高くなるので見る目のハードルが上がる・・・とも言える巨樹探訪ですが、
    このスギはその両方ともがプラスに働いていますね。
    峠越えの途中にこのスギを見た先人達はどういう思いだったんでしょうね。
    ましてや爺婆の対で存在していた状態だとさぞかし圧巻だったことかと。
    現代においても山の中で一人このスギの前に立つと、ゾクゾクするような怖さに襲われそうです。

    • RYO-JIさん>
      もれなくそこそこの探訪ハードルも提供してくれる森の巨人100選であります。笑
      苦労させるんだから凄いのが出てくるんでしょうね? それゆえの100選ですよね? 的不安は付きまといますよね。
      どこまでこの選を信用できるか……これは一歩を踏み出すにあたって大切な要素です。
      い、勢いで踏み込むのが大事ですねっ!

      そうですよね、当時この峠をライフラインにしていた人たちと、今巨樹を見に行く我々とは、別のものを見ているんですよね。
      対をなすスギは見ていても、ここまで巨樹化した姿は見ていないわけで……きっとこれはこれで腰を抜かすんじゃないでしょうか。
      我々より、むしろ過去の人が驚いたり。彼らと一緒にこの姥杉を眺めたら面白いだろうなあ。
      時は過去からずっと、脈々と続いているのだなと、当たり前のことに気付かせてくれます。

  • yoji.koyama

    この巨木は気になっていたので道中までありがたいです。
    東北は、狛さんの情報がわかりやすく参考になります。
    がっつり見させていただきます。

    • yoji.koyamaさん>
      コメントありがとうございます。
      ちょっと長くなってしまいましたが、道中含めて訪ね甲斐のある巨樹でした。
      小山さんになら何てことないただの道だと思うのですが……身体鍛えないとダメですね。笑

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