巨樹たち

福島県南相馬市「北右田の屋敷林」

震災遺産にして小鳥のオアシス

 東北諸県の太平洋岸地方の巨樹。今回は福島県南相馬市。
 大津波を二度も経験した岩手県「三陸大王杉」から原発事故被害の渦中に立つ福島県「山田の大スギ」まで、今現在立っているこの地方の巨樹たちすべてが、大震災の直接被害とその後13年の変節からの生還者と呼べるはずです。

 今回訪ねた巨樹は、海岸線から1キロ足らず、広大な平地の只中にあり、大震災当時は津波を直に浴びています。
 根こそぎにされなかっただけでも驚嘆に値しますが、重度の塩害に耐えて現在でも生きているのは、タブノキという樹種の強さに他なりません。
 近くまで来たらしい……見渡す荒漠の中、ぽつんと、こちらを呼ぶような影が三つ。
 あれだと思う。他には何もないから。

 「あれ」で、当たりでした。
 意外なことに、道路からの入り口には真新しい標識が。
 ここから未舗装の農道を数十メートル進みますが、道自体か路肩か、周囲の工事が進行中のようでもありました。

 「北右田(きたみぎた)の屋敷林」という名称通り、震災前、ここには人の生活がありました。
 この地方の旧家には、家を強風から守るための樹木を植える伝統があり、屋敷林または特有の名称で「居久根(いぐね)とも呼ぶそうです。
 津波のために住宅は流され、周辺には石積みの名残のようなものだけが残されています。

 三本あるうち、中央のタブノキが最も太い。
 すっと姿勢よく立つ幹にはウロもなく、それ自体が石柱のような頑強さを感じさせます。

 それまで雪でも降らせそうな低層雲に覆われていたのが、樹下に入った途端、ぱっと明るく晴れてきました。
 塩害に類まれな耐久力をもつタブノキだからこそ生き残ったわけですが、防風林によくある針葉樹ではなく、このような漠たる風景の中で常緑広葉樹の樹冠を見上げると、すごく温かな気分になるものだと知りました。

 冬でも青い樹冠の中を、数多くの小さな野鳥たちが飛び交い、さかんに鳴き交わしている。
 半径1キロ程度、見渡す限りこれといった木立のない中で、鳥たちもここを憩いの場所として集っているのではないでしょうか。

 三本それぞれ姿形や樹勢に差があるものの、千葉県「府馬の大クス(タブ)」や茨城県「波崎の大タブ」などの老巨樹には、姿を変えつつあらゆる手段で生き延びるタフさを教えられています。
 多少枯れ枝を見ても悲壮感はなく、むしろ数年前の写真よりそれぞれ濃く育んでいるひこばえに目がいきました。

 説明の必要もよすがもないほど、津波がすべてを流してしまった。
 三本のタブノキだけが、ここに暮らしがあったことや屋敷林の伝統を記憶し、今も伝えている。
 その重要性から、令和3年に市指定有形民俗文化財に指定されています。
 巨樹でありながら天然記念物ではなく、あえての有形民俗文化財。
 哀しみを越えた先を見せてくれている巨樹たちの姿だと感じ入りました。

「北右田の屋敷林」
 福島県南相馬市鹿島区北右田染師48
 推定樹齢:不明
 樹種:タブノキ
 樹高:16メートル
 幹周:3.6メートル

 市指定有形民俗文化財
 訪問:2025.1

探訪メモ:
 知ったのは「福島民友」のweb版記事から。

 タブノキの手前で普通車転回可能程度のスペースあり。
 冬は冷たい強風に吹きさらされ、大変寒いです!

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