巨樹たち

千葉県香取市「(佐原)諏訪神社のシイ」

飴のごとくに柔く粘る

 水郷の古い街並みが残り、観光人気が高い千葉県香取市佐原。
 小野川沿いに立ち並ぶ木造建築や蔵が画面映えするからか、今流れてるあの保険やクルマのCMもロケ地佐原だよね、と、案外よく見かけます(地元民は語る)。

 佐原駅の南口から出て、ロータリーにある伊能忠敬先生像を見上げ、まっすぐ歩いていく。唐突にどでかい鳥居にぶつかる。
 これがいわば「一の鳥居」で、さらに進むと今回ご紹介する佐原諏訪神社に辿り着けます。

 佐原の街は小野川を境にして、東側の「本宿」と西側の「新宿」に分かれているという。
 このうち、今回の諏訪神社は西側・新宿の氏神様、東側・本宿の氏神様は八坂神社だそうです。
 本宿・新宿の夏祭と秋祭は、「関東三大山車祭」および「ユネスコ無形文化遺産」および「国指定重要無形文化財」に登録されている。開催時は特別特急も走りますよ。

 訪問時は秋祭りを目前に控え、諏訪神社でも念入りに草刈りが行われておりました。ご苦労様です。
 このちょっとばかり急な石段を上りきると拝殿があります。

 スダジイの巨樹は拝殿右手、壇状に高くなった場所にある。
 他の樹々とは異なるその「圧」が、巨樹への関心の有無にかかわらず参拝者を振り向かせるはず。

 しかし、拝殿前からでは葉陰の薄闇に沈んでその根幹の詳細がほぼ見えない。
 枝の下に潜り込むようにして覗くも、おっと、果たしてこれは……根なのか、幹なのか。
 長年の間に築山ごと呑み込んでしまったかのような、「立っている」というより「覆っている」ような姿。

 故郷に近いこともあり、実は過去にも数回訪れています。
 むしろ、渡辺典博氏「続 巨樹・巨木」に掲載されていると知ったのが後という順序ですが、そこでのデータでは、幹周8メートル、根周りは18メートルもあるとされています。

 見る角度を少し変えるごとに、その姿が全く違うものに見える。
 スダジイ巨樹の特徴でもあり、良いところでもあると思っています。
 果たしてこの樹の「正面」とはどこなのだ? と、それを探求するだけでも、撮影甲斐がぐんと高まります。

 で、薄暗い樹下をぐるぐる巡ってみたわけですが……ほとんど不定形・流動体みたいな感じ。
 主幹を見定めようとしても、「これって幹というより樹の塊?」みたいな感じに思えてしまう。
 「安久山の大シイの木」などを筆頭とする千葉県東部のスダジイ巨樹の特徴をいかんなく発揮しています。

 なかなかの規模の巨樹であるので、てっきり天然記念物だと思い込んでいたのですが、無指定のようです。
 現地解説板、香取市のサイトなどにもシイの記述はない。

 諏訪神社のサイトに添えられた短文によれば、
 「嘉永六年(一八五三)造営された現在の社殿付近にある樹齢400年とされる椎木。」
 とのこと。
 次いで、前述の渡辺氏の本では、宮司さんのお話として「その際に崖が削られて、根が露出したらしい」とある。
 シイの足下が元々の地表レベルであり、神社はそこを平らに切り削って造られたということでしょう。
 これが確かだとすれば、1853年当時にはすでにそれなりの樹として根を張っていた、そのため逆算的におそらく樹齢400年くらいだろうと推測された……と読めるのではないか、と。

 樹冠の暗さに露出を合わせれば、曇天の空の白が簡単にすっ飛ぶ。
 その茂りの中に、黒っぽいザワザワしたエネルギーが粘っているのを感じる。
 「雑木林の王」「ザ・陰樹」とスダジイを勝手に認定していますが、その性質を嬉しくなってしまうほどに見せつけてくれる樹です。

 おまけとして。
 佐原諏訪神社の社叢自体も緑が濃く、巨樹水準のスギやカシやシイなどいくつも見られます。
 石段途中の敷地奥にあるこのタブも幹周3メートルは簡単にクリアしているでしょう。
 タフそうなところを買われてか、根に巻かれた太いワイヤーで、参道で一番大きなスギを牽引する役を担わされていたりします。

「(佐原)諏訪神社のシイ」
 千葉県香取市イ1020−3
 諏訪神社
 推定樹齢:400年
 樹種:スダジイ
 樹高:16メートル
 幹周:8メートル

 訪問:2024.9

探訪メモ:
 佐原の街中の道はやや狭いですが、諏訪神社の横の坂道を登って行けば、広い駐車場もあります。
 森閑とした雰囲気も良く、佐原観光のひとつとしておすすめします。
 
 「天神の森のシイ」「東光寺薬師堂のスダジイ」「幡谷香取神社のスダジイ」などとともにスダジイ巡りを組んでみるのもいいかも。

4件のコメント

  • to-fu

    佐原、本当にいいところでした。あの街並みを思い返すと久しぶりに街スナップがしたくなります。
    たしかお正月で地酒!と書かれた酒屋が休みだった記憶があり、そっちの意味でもリベンジしたかったり 笑

    この階段はひょっとして、あのときプチ初詣のために案内していただいた神社ではありませんか?
    あのとき巨樹に興味があれば…いえ、私の記憶違いで、似ても似つかぬ別の神社だよとツッコミを入れられるかもしれませんが。
    しかし立派なスダジイですね。自分ならどう撮るかな?としばし考え込んでしまいました。
    樹齢400年にも納得の姿、いえ、もっと上だとしてもおかしくない迫力です。
    日光が射す角度によっても見栄えのいい構図が変わってきそうで、通い甲斐がありそうですねえ。(しかし夏場は藪蚊がすごそうだ)

    佐原を撮り歩いてシャークバーガーを食べて安久山の大シイを眺めて…まいったな。これで一日が終わってしまう。
    当時自分はデジタルに移行したかしないかくらいの時期で、ここから何年かずっと写真に対するモチベーションがドン底に近かったのですが、あの佐原銚子スナップだけはやたらとワクワクしたためモノクロームな暗黒時代の中で唯一極彩色を放っています。ぜひまたご一緒させて下さい。

    • to-fuさん
      そうです、to-fuさんと佐原を歩いた際に寄った諏訪神社です!
      あの時分は二人とも巨樹受容体がアクチベートされてなく、それでも「なかなかすげえ樹があるもんですな」程度に見た記憶がありますね。
      自分としてはその後に何度も訪問機会はあったんですが、地元の慢心か、こうしてじっくり見て撮って書くのを後回しにしてしまっていました。
      いくつかスダジイを見てアベレージがわかってきた中でも、個別に取材する価値のある立派な巨樹だと感じています。
      9月も末だといういうのに蝉時雨でした。もちろん蚊も……

      正月の佐原はひっそりとしていてどうにも面白みに欠けましたが(かといって香取・鹿島・成田には近づけないし)、秋口は活気があって良いです。
      街中は30メートルごとにうなぎスモークに襲われてたまらん感じで、お土産の地酒含めお小遣い使う環境が整っております。笑
      スダジイまみれもやってみればそれはそれでオツなもんで、自分としても「天神の森」探索あたりの可笑しい記憶が不意に蘇ります。
      ぜひまたほっつき歩きましょう。

  • RYO-JI

    おおー、シイですねぇ。
    シイのイメージ通りのシイで嬉しくなってきます(笑)。
    長らくシイの巨樹を見ていないこともあって余計にそう思うのかもしれません。
    宮司さんのお話は充分に説得力があって、いかにもそれらしい剥き出しの根がこのシイの見所の一つになっているのは間違いないですね。
    しかしこのサイズのシイが無指定とはまったく解せませんよ。
    心なしかタブが損な役回りをさせれているように思えて不憫ですが、ビクともしない頑丈な逞しさも感じてしまいますね。

    • RYO-JIさん
      チバラキ寄ったらスダジイ見なければウソ! みたいな巨樹探訪です。笑
      球数もそこそこありますが、クスみたいな爽やかパワースポットを演出しないところが玄人好みですね。
      しかし逆に愛好家としては、特有のエネルギーをぞんぶんに感じられる樹種だとも思います。見どころは多いですよね。
      そう、天然記念物無指定は今回自分も「そうなの?」という感じで、数年にわたって身内に「あそこにゃ天然記念物の巨樹があるし」とか法螺を吹き続けてきたことになります。
      立場がないので、香取市にはぜひ指定をお願いしたい。(身勝手)
      このタブ、参道のスギも、ちょっと撮りづらい位置にいますが、なかなかの大きさです。しっかり社叢のある神社はやはり頼もしいですね。

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