巨樹たち

茨城県高萩市「安良川の爺杉」

茨城巨樹の最長老

 茨城県北部に位置する高萩市。
 県内に2例しかない国指定天然記念物巨樹の片方、「安良川の爺杉(あらかわのじいすぎ)を再訪してきました。
 ちなみに、もうひとつの国天巨樹は水戸市の「白旗山八幡宮のオハツキイチョウ」で、明らかに学術的価値からの指定。見た目通りの巨樹としては「安良川の爺杉」が唯一とも映ります。

 所在は「安良川八幡宮」。
 この立派な鳥居までも細い上り坂ですが、神社はさらにもう少し小高い位置にあります。

 参道の杉並木も立派なもので、樹高30メートルほどありそう。
 ようやく夏の終わりという季節で、彼岸花の赤がよく目立ちました。

 色彩豊かな本殿は2005年に改築されたものだそうで、駐車場の作りからしても、初詣などには多くの人が訪れるのでしょう。
 訪問時にもぽつぽつ、しかし絶えることなく参詣者の姿がありました。
 で、「爺杉」ですが、この時点ですでに背後に頭頂部が見えていますね。
 神様に手を合わせてから向かうとします。

 左手奥、突き当りに現れる「安良川の爺杉」。
 周囲のスギも立派ですが、やはりそれらとは段違いの雰囲気を放っています。

 幹周囲ほぼ10メートル。現在の樹高は35メートルとされていますが、それでも樹勢回復処置の一環で先端部10メートルほどを切断したという。現在ではそこに避雷針が設置されています。
 千葉県「清澄の大杉」を思わせるような末広がりの根幹部で、単幹樹としてこの大きさはかなりのもの。

 「老杉(ろうさん)」。スギの大多数が老いる以前に材として切られると考えれば、これは神木あるいは巨樹のための用語。
 巨樹である以上はどれもが高齢には違いないのですが、中でもこの「安良川の爺杉」ほど「老杉」という語がふさわしい巨樹も少ないのでは。

 推定樹齢は1000年とされている。
 巨樹の樹齢を実証するのは難しく、かなり大胆にサバ読みされるのが常でしょうが(キリよく1000年がなぜそんなに多い?)、この姿を前にすると、そのくらい生きていても不思議ではないと思えてきます。

 ちなみに、肩を並べる老杉として、同茨城県石岡市「佐久の大杉」を推しておきます。
 前回これらを探訪したのは2017~18年頃でしたが、実は「安良川の爺杉」と「佐久の大杉」では、だいぶ異なった印象を受けていました。
 白骨化し、破損しつつもいまだ陽気を放っているような「佐久の大杉」に対し、どうもこの「安良川の爺杉」はネガティブに感じられた……。

2017年4月訪問時

 樹皮が剥がれ落ちた根幹に、大きな空洞が口を開けている。
 片側に損傷が集中しているからか、根の部分もコンクリートのようなもので固定されており、複数の太いワイヤーで幹を牽引して倒壊を防いでいる……。
 人間にもチューブや機器を取り付けられる痛々しい最期がありますが、それに類する想像をしてしまったのです。

(2024.9、現在に戻る)
 立っているだけでも奇蹟だと思っていたのですが。
 巻き付く蛇のような副幹の先が切られ、「爺杉の周囲を息を止めて3周すると願いが叶う」という参拝方も禁止される(代わりの白蛇モニュメントが用意されています)など、リアルタイムで樹勢回復最優先の処置が採られ続けていると見えます。
 そのおかげもあるのか、樹冠部は7年前の印象よりも少しばかり密度と色艶が濃いようにも見えました。
 幹の腐朽自体も、一応は進行を止めていそうです。

 国による天然記念物指定からもすでに100年以上経っている。
 非常に粘り強い生命力とともに、巨樹と我々人間、それぞれに流れる時間というものについても考えさせられます。
 さっさと諦めるもんじゃない。完全に崩れ去るまでが命。そこまでは終わりじゃないんだぞ。などと。
 災害続きで、毎月のように巨樹の「訃報」を聞く中、これはこれで良き再訪と呼んで良いのだと思いました。

「安良川の爺杉」
 茨城県高萩市大字安良川 
 安良川八幡宮
 推定樹齢:1000年
 樹種:スギ
 樹高:35メートル
 幹周:9.9メートル

 国指定天然記念物
 訪問:2017.4、2024.9

探訪メモ:
 主要道路から神社へ上る道が急な傾斜路。神社周囲の道含め、狭路がちなので運転注意。

 駐車場は神社正面の数台分の他、鳥居右手の細道を上がっていった先に第二、第三とあります(それぞれ10台くらい)。初詣等はかなり人出があるのだと推測しました。

 備考、「爺杉」の常として、パートナー「婆杉」が存在していたそうです。
 昭和34年の伊勢湾台風で倒れたそうで、その切り株跡に身代わりの石が置かれていました。
 足元に幹の輪郭部が残っていますが、樹齢800年と言われただけあって確かにデカい。
 はっきりとはわかりませんが、幹周6~7メートル以上はあったのではないでしょうか。

4件のコメント

  • to-fu

    この杉はもちろんチェック済みで、狛さんに茨城を案内していただいた翌年はこのエリアを目指そう!という目論見でした。
    (当時メモった手帳を見返してみたら海沿いの「澳津説神社のシイ 」などを一緒にリストアップしていたみたいです。結局コロナ騒ぎに潰されて頓挫。)

    1,000年巨樹、多すぎますね。自称2,000年なんてのもちらほらと。
    素直に「ほほう1000年か。ありがたや。」となれたら幸せなのかもしれませんが、半端に知識が付くと穿って見てしまっていけません 笑

    しかしこの老杉の姿を見ると1,000年の勲章を与えて崇め奉りたくなる気持ちもよく分かります。
    1,000年というのがシンプルに敬意の現れなのだと伝わってくる。いいですね。
    少しでも長生きしていただきたいものですが、ある日突然倒壊のニュースを聞いても納得してしまうかも。
    今回改めて狛さんの写真を見て、やっぱり見に行きたいなあとウズウズしています。

    • to-fuさん
      茨城の巨樹探訪は自分にとっては原点回帰のような感じです。
      遠征への気合も必要ないし、地味といえばそうかもしれませんが、茨城って案外よい巨樹があり、総数としても少なくないんですよね。
      こういうのもいいじゃないかと再実感します。

      樹齢表記の意味・意義については、いくら数を巡ってもなかなか扱いが難しいままですよね。笑
      観光資源あるいはシンボル的に、耳目を集める手段として「1000年」はとてもキャッチーで、そうする意味はやっぱり「ある」とは言えます。
      だからこそ、この「安良川の爺杉」のように「いかにも1000年」と納得させてしまうような存在は不可欠だなと。
      また、洞杉の1000年と里の爺杉の1000年では全く違った時の流れだったはずで、それぞれどんな1000年だったのかを想像してみるのも面白いですよね。
      大切にされており、これならまだ当分は立っていてくれるだろうとホッとしましたが、突然の倒壊に驚かされる近頃ですね。
      近くをお通りの際にはぜひお立ち寄りを。

  • RYO-JI

    同じスギでも洞杉や立山杉とはまた違った魅力がある一本杉。
    ズドンと真っ直ぐに伸びる様は寺社の御神木には相応しい貫禄がありますね。
    しかも翁とくりゃもう有難いでしかありません。
    ピサの斜塔よろしくナナメっているのも何だか翁っぽいです。
    とはいえ、やはり巨樹の「訃報」を耳にする度にこのような巨樹は心配になりますよね。
    伊勢湾台風でどれほどの巨樹が被害にあったか想像するのも難しいです。
    災害に翻弄されるのは人も自然も同じですが、良き再訪だったと思えたのは素晴らしいですね。
    気になる(心配している)巨樹ほど再訪してみるのもいいじゃないかと思えましたよ。

    • RYO-JIさん
      確かに、「これぞオモテスギ」ですね。立山杉を見てきた感性のままだと、同じ種類だとにわかに信じがたいような。
      茨城も水戸より北へいけば北国の雰囲気が漂い始めますが、それでもこの「安良川の爺杉」は関東のスギらしい姿の巨樹だと感じます。
      老樹たちの行く末が本当に心配な最近です。傷んでも、なんとかこうして立っているのが凄い。
      ……と見てるうち、不意に他の巨樹たちが倒れていくという、これも諸行無常ですが、最近はそのペースが早まってきたように感じますね。
      ともかく長老の「爺杉」の再訪して無事を確かめ、こうして記録に残せたことを嬉しく感じました。

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