巨樹たち

秋田県横手市「浅舞のケヤキ」

名水、銘酒、大槻木

 秋田県横手市、「筏の大杉」とともに、7年ぶりに「浅舞(あさまい)のケヤキ」への再訪を果たしました。
 平鹿町浅舞地区は横手市街の南西にあり、十文字町と横手市街と浅舞を結べばちょうど直角三角形が描けそうです。

 何を意味のないこと言ってんだと思われそうですが、この巨樹へアクセスすれば全てが理解できる。
 最寄りの駐車場がこちら(周辺アクセスについては下記に)。なんでしょう、「秋田の心」と書いてある。

 うふふ。
 そうですその通りです、秋田が誇る銘酒・「天の戸」の浅舞酒造とコンパチブル。
 上の写真へ戻っていただくと、左の小屋根があるところに万人に開放された水汲み場もあります。
 銘酒というのは良い水がなければ始まりませんが、この水がまた一口で違いがわかるほど美味で、携行していたミネラルウォーターを全て捨ててこちらのお水を充填するというドタバタを演じてしまいました。

 でっかいタンク持参で汲みに来ていた近所の男性は、「生まれてこの方、この水しか飲んでいない」と誇らしげに語る。
 気持ちはわかります! 今すぐここであきたこまちを炊いたらどんなにウマいか!
 そんな会話をしつつもグビグビ水を飲んでしまいました。

 つまり、さっきのピタゴラス課題に戻りますと、
 十文字でうまい中華そばを食べ → 浅舞で銘酒をたしなみ → 横手の宿であとは寝るだけ
 という旅の黄金ルートが導き出せる土地柄であろうということです。

 さて、巨樹サイトなので巨樹です(下戸ゆえの切り替えの早さ)。
 上記の駐車場から歩いて1、2分でしょうか、路地へ入っていくと、正面に立ちはだかります。
 手前のケヤキもなかなか大きいが、株立ちっぽいか?
 じわっとした湿度の高さの中、ケヤキの葉が、物量濃く、かつ鮮烈に映えます。

 「浅舞のケヤキ」「大槻の木」とも記載があります。「つきのき」とはケヤキのこと。
 説明不要の「巨樹」、文字通りの「大きな樹」という感じで、地上1.3メートル地点での幹周は7.7メートルとされています。

 ケヤキ巨樹の数々を知っていると、この数値は標準的なものと捉えられそうですが、合体樹が疑わしいとか、漏斗型に変なことになったりもせず、ごくオーソドックスに「巨樹」である点で、数値以上に大きく感じられます。
 ぐるっと巡ってみても、どこでも幹がドンと太い。
 根張りがほとんど見えないので、もしかすると盛り土で埋められた過去があるかもしれません。

 地理的、歴史的、生物学的にも無視できない要素として、すぐ横が「琵琶沼」という沼です。
 楽器の琵琶に似た形状からこう名付けられたようですが、湧き水からなり、もちろん上記の名水・銘酒の源泉とも重なります。
 水の清さを証明するように、ここにはもうひとつの天然記念物、トゲウオ(トミヨ、イバラトミヨ)が生息している。
 ごくキレイな水でしか生きられず、巣を作るという独特な魚として、幼少のサカナ図鑑から記憶に焼き付いており、ぜひとも見てみたい! と熱望するのですが、たいへん臆病で魚影すらおぼつきません。

 琵琶沼の水の良さと水量がこの大ケヤキを育んだことは疑いようもない。
 ケヤキの樹冠には鳥たちの鳴き交わしが賑やかで、足元には蝶やトンボや、カエルたちもいっぱい見つかります。

 眺めていると、いわばこの一帯のエコシステムとしての完成度の高さに感じ入ります。
 琵琶沼に降りて行ける古い階段はかつての人々の生活を偲ばせ、その井戸端としての木陰をこの巨樹が落としている絵が浮かんでくる。
 銘酒づくりもまぎれもなくこの営みの一角で、まるで小さな理想郷のようにすら感じました。

 今年(令和6年)、解説板が新調されたばかりのようです。
 7年前の探訪時に撮影したものと読み比べると幹周が異なっており(以前のは8.3メートルとある)、下方修正されて7.7メートルとなっているところ、こちらがリアルな数値だったのかもと。

 隣に、鷹を弔ったという塚がありますが、この由縁がほぼ岡本綺堂か山田風太郎の時代小説。
 かつて、藩主の鷹狩の鷹が、飛んでいる最中に何者かに両目を縫い針で貫かれて殺される事件があった。
 藩主は、とんでもない武芸者の仕業ではないか!? と探したものの、すでに姿を眩ました後だったという。
 その手裏剣の名手は浪人だったらしく、撃ち落としたのが藩主の鷹だと知って逐電していた……。

 どちらかというと、鷹の弔いというより「逃がした魚は大きい」みたいな未練を伝えるもののようですね。
 ケヤキの横には、江戸時代の司法機関「御役屋(ごやくや)」があったそうで、その門だけは今も裏の保育園に移設され、文化財として遺されています。

 市のサイトによれば、12月には「槻の木光のファンタジー」として盛大にライトアップされ、(ケヤキなのに)巨大なクリスマスツリーに変貌するそうです。
 これもまた、保育園の最寄りの巨樹だからでしょうね。
 現代でも、市井、人に寄りそう巨樹なのです。

「浅舞のケヤキ」
 秋田県横手市平鹿町浅舞浅舞217
 推定樹齢:500年以上
 樹種:ケヤキ
 樹高:35メートル
 幹周:7.7メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2016.8、2024.5

探訪メモ:
 車で訪問の場合、近くの「横手市駐車場」に停めて歩けばすぐです。
 文中の「琵琶清水」もここにあります。
 バス(横手・本荘線「浅舞栄町」バス停)もあり、こちらを利用すれば酒蔵に寄っても安心ですね。

駐車場近辺。左下の茂りが大ケヤキ。徒歩1、2分の範囲です。

2016年8月訪問時

 現状、いくらか樹皮の裂け目や不朽部分の進行が感じられましたが、おおむね健在と思われます。
 枝は以前切られているようですが、自重や雪の重さで崩壊することを考えれば、巨樹にとっては良いのかもしれません。

2件のコメント

  • to-fu

    ああ、この巨樹だけは必ず見に行かなければなりませんねえ。え?地酒が目的ではありませんよ?
    水のお話よく分かります。私も以前奈良の「風の森」というお酒の酒蔵を訪問した際、杜氏さんに仕込み水を
    勧められたので迷わず未開封2リットルボトルの中身を全捨てしてそこに水を詰め直しました 笑

    しかしまあこの良質な水で育ったケヤキが素晴らしくないわけがない。
    数値以上に大きく見えますが、たぶん実際に成長しているのではないでしょうか。以前の8.3m…もっと大きそうにも見える。
    こちらの感覚からすると縦に長く伸びたケヤキが斬新に見え、こういうのも積雪の影響で自然と横への広がりを
    抑えた形で成長したのかな、などと想像が膨らみます。環境も含めて良いケヤキですね。

    横手と湯沢だけでも巨樹で一日潰せてしまいそう(あるいは全く時間が足りない)なのが恐ろしい。
    十和田に家族を置いて私だけ横手あたりに一泊させてもらいたいくらいですよ。次回相談してみよう。

    • to-fuさん
      やはり、詰め替えましたか。笑 美味しい水って、心打たれるものがありますよね。
      こういう水で仕込まれたらお酒もそりゃうまくなるだろうなと納得できます。
      訪問の際にはぜひお試しを……リポートお願いします。笑
      湯沢、横手は、南東北民からすれば秋田への入り口ですけども、いつもこの辺で満足してしまうんですよね。
      巨樹も個性派なのがあり、あのやりすぎな「愛宕一里塚のケヤキ」とか、暫定日本一と見られる「川連のホオノキ」もリピートしています。

      大ケヤキも、この水と間違いなく、文字通り地中でつながっているわけで、大きくなるべくしてなったんだなという安定感を感じます。
      ケヤキの枝を全部落としてしまったり、丸坊主にするような剪定が行われてる時がありますが、見た目には残念な一方で崩壊は防げます。長期的に活かす手法としてありなのかと最近思い始めました。
      このケヤキもすぐ下を幼稚園へ送り迎えと見られる車がくぐって行ったりもするので、でっかい枝が落ちてくると危ないですし、一度大きな事故が起きたらそれこそ幹から……という話にもつながりかねないですしね。
      雪深い地域ですが、イルミネーションどうこうは別として、冬の姿も見てみたいものです。

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