巨樹たち

富山県中新川郡「中村の大杉」

この迫力は数値で測れない

 巨樹界の至宝、「洞杉群」探訪の翌日。
 ホントなら2、3日は魚津でブラブラして感覚を休めたい気分でした。それこそ蜃気楼でも待って……。しかし、貧乏暇なしのわたくしの余暇はすでに心もとない。
 パンチ力のある巨樹を見てシメようではないか。ゲンゲの唐揚げをつまみながら、我々はそう話をまとめたのでした。

 白羽の矢を立てたのが「中村の大杉」
 所在の上市町は東西に広く、東の端はちょうど北アルプスの名峰・剱岳(2999)に接している。
 もちろん登山なんてするつもりも覚悟もありませんが、確かに大杉所在地の手前辺りから、段丘上に標高が上がっていく感じがあります。

 魚津市方面から南下した我々は県道51号沿いの「大日公園」で集合し(駐車場もある)、乗り合わせて進みましたが、その直後からして驚くほどスリルなドライブでした。
 狭路! ヘアピン! 対向車迎撃ミサイルを搭載したい!(無理なので絶望のみ)

 川沿いに下りてからは生きた心地を味わえる道になりましたが、再び折り返して巻き上がる予感。身構える。
 しかし、乾きかけた背に冷や汗が再び流れる前に、路肩に巨大な立山杉が見えてきました。
 よかった……。

 改めて、「中村の大杉」。
 予想を上回る威容に、前日、「洞杉」を前にしてすっかり出し尽くしたはずの感嘆が漏れました。
 なんだこれは、「幹周囲6.8メートル」という前情報が全く役に立っていないじゃないか! 笑えてくるほどに!
 立山杉の巨樹には数値なんぞ無用・無価値、無駄無駄ってことでしょうか。この迫力は到底幹周7メートル級のそれじゃない。

 見る角度によって大きく姿を変える巨樹です。
 「背」……と呼ぶのが適当かは知りませんが、片側に集中する無数の枝を支えるために、まことに筋骨隆々とした幹姿を見せつける。
 十八番のポーズをキメてるボディビルダーみたいで、例の癖の強い声援を送りたくなるではありませんか。
 「そのでっかい背筋で北アルプス支えてんのかいっ!」とかね。
 ステージ上の数秒ではなく、風雪厳しいこの地で百年単位このポーズ! を維持しているんだから。そりゃあもう、とんでもないタフネスですよ。

 道路から少し斜面を下って仰ぎ見た図。
 一本一本が植林のスギほども太い枝が、噴出したように四方八方の空間を占有している。
 個人的には徳島県最大のスギ「五所神社の大杉」を彷彿としましたが、斜面地に生育しているところ、高地からの強風などの環境も似ているのかもしれません。
 こちら「中村の大杉」の場合は、路肩にあることで、どうしても背側だけは剪定伐採されてきたとも読めます。

 「中村の大杉」の最大の魅力、角度によって全く別の巨樹に見えるこの多面性が、書籍やWeb掲載の1、2枚の写真では全くといっていいほど伝わってこない。
 まあ、この記事での紹介でも十分とは言えないでしょうし、連続性を重視して動画で撮ればいいという話でもない。やはり、ぜひ現物を拝んで頂きたい。
 どの姿を採っても特筆すべき巨樹、遠方からわざわざ見に来る価値のある天然記念物だと言えます。

 解説板はかなり古そう。昭和57年に設置されたきりのものではないでしょうか。
 注視すると、太さは(幹周ではなく)を採っている。単幹部分はごく短いので、目通りや地上1.3メートルの高さでは計測しきれないとも言えるかも。
 ボディビルダーのウェストを測りたいのに、ポージングした肩とか二の腕まで入ってしまう……みたいな。大枝の付け根の塊感からすれば、12~13メートル級にも匹敵すると言えるかもしれない。
 あえて解説に沿わせれば、根から幹部分はほとんど寸胴体型なので、そこでの数値的齟齬は少なそう。

 魚津市「大沢の地鎮杉」「黒沢稲荷の大杉」と同様、「低地には珍しい」タイプの立山杉。
 「中村部落を風雪から守る防風林のうちの一本だった」。
 孤立している現況からは想像しえない出自ですが、「もし切られずにいたら、こんな立山杉の巨樹並木が出現していたかもしれない?」というのもまた想像を超越した絵だなと、我々は語りあいました。
 巨樹全体においても立山杉のランクがぐっとせり上るのを感じた、今回の富山探訪旅でした。

「中村の大杉」
 富山県中新川郡上市町中村白萩地区
 推定樹齢:500年
 樹種:スギ
 樹高:35メートル
 周:6.8メートル
 町指定天然記念物
 訪問:2024.6

探訪メモ:
 地図から読み取りにくい標高差の変動に注意。周辺道路は想像以上に山道です。

 近隣、「折戸雄山社の大杉」もmap視野に入りますが、見たところこちらは幹周4~5メートルほどのきれいなオモテスギ型のようでした。

4件のコメント

  • RYO-JI

    ボディビルダーに例えるとは・・・秀逸!
    読み進めるうちに『そうそう!』と上手い表現過ぎて嬉しくなってしまいましたよ。
    道路沿いにある巨樹は通行の妨げにならないよう一部伐採されてしまうのがねぇ。
    仕方がない話ではありますが、それでもこのスギは悲壮感なんかまるでなくとても力強く感じました。
    私も今回の旅で立山杉の存在感が俄然増しましたよ。

    あ、道中そんなスリルを味わっていらしただなんて。
    拙い運転で申し訳なく、次回までに山道の運転技術をしっかり磨いておきます!

    • RYO-JIさん
      この大杉には驚かされましたね。
      もっと小ぶりなのが道端の日影にちまっとあって、確かに形は立山杉の個性を示して特異だ……などという流れのコメントをするものかと思っていたら、もっとずっと大きく、たくましかったです。
      何でもネット情報で見た気にならず、実物を目で見る経験って大切ですね。
      立山杉の巨樹にはひとつひとつ個性があると感じましたし、今後も注目したいものです。
      あの山道も。全体とすればピーク箇所は短かったのかもしれませんが、なかなかの味わいでした。対向車が来なくて本当に良かったデス。

  • to-fu

    正直この巨樹にはそこまで期待をしていなかっただけに、あれほどまでの懐の深さを見せられるとは驚きました。
    どの立ち位置から見た姿をベストショットとするか判断が難しい。いえ、まさに一枚二枚の立ち絵を見て価値を測るのが恐れ多い巨樹。
    皆様にもとにかく現地でぐるぐる回りながら眺めてほしいですね。

    私が書きたかったことは狛さんのエントリーに全て全部書かれているのでどうしようかな…と苦笑いしていますが、私もまず現像するのが楽しみです。
    アクセス難度MAXのものを除いてもまだまだタテヤマスギの巨樹が点在しているエリアなので少しずつ味わっていきたいですね。

    しかし集合場所の公園よ。勝手に河川敷の運動公園みたいなものを想像していたので、逆側から向かった私はマジで?ここなの?とドキドキしました 笑
    巨樹初心者の頃を思い出すと気持ちが逸ってリスク管理より好奇心が勝ってしまう向きがあり、悪路とか熊とか色々考えると富山の巨樹は中級者以上向けなのかも。
    引き際を見極める訓練をするには最適なエリアとも言えますが。まあ何にしても怪我のないよう楽しみたいものです。

    • to-fuさん
      確かにそうです。紹介で1、2枚しか使えないとすればあんたならどれ選ぶんだ? という、大変悩ましい巨樹、撮ってきたのなら、もう何とかしてクライアントを説き伏せて誌面を確保する必要があろうというものですね。
      記事にするまでだいぶグズグズしてしまいましたが、現像も含め、実にやりがいがある。
      まあ、なかなかびしっと決まったぞ! というアングルの写真、レンズのすぐ前に蚊トンボかなんかが飛んでいたらしくて使えなかったんですけどね……(現地で確認してない)
      東北のウラスギがダブっていたか、勝手に立山杉について一回り小ぶりのイメージを抱いていたようなんですが、今回の探訪旅で一気に更新されました。どれも、すばらしくデカかったです。笑 

      富山は景色も本当に美しいし、単に風景写真を求めて行っても存分に楽しめる。
      Googlemapだけを過信してるとこんな目に合うのか! という笑、そういうとこは四国にも似ていましたが、確かにいい訓練です。
      ツールを使いこなす、作法を知る。人間を強くする要素が色々あります。
      それはそうとバイク欲しいよなあ……と、RYO-JIさんのクルマに揺られながら考えてました。バイクなら四国も自由自在ですし。
      しかし、勘がよくないままもうすっかり中年になってしまったので、うっかりそう口に出すと、危ないからやめて! と言われてしまいます。反論できない……。
      富山、石川もそうですが、必ずまた行きたいですね。改めて、日本っていいじゃないかと感じ入りました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA