巨樹たち

秋田県由利本荘市「法内の八本杉」

祟るも厭わぬ森のヌシ

 秋田で巨樹と言えば、有名な秋田杉を無視するわけにはいきません。
 その一角で、形状的にも強いインパクトを放つ「法内(ほうない)の八本杉」を訪ねます。

 由利本荘市、「岩館のイチョウ」とぜひ続けて訪問すべき距離関係(クルマで10分くらい)にあります。
 県道30号ぞいに標柱を見つけ、法内川を遡る道へと入る。ここは商店を覚えておくといい。

 ここから先の道は細くなりますが、舗装は切れない。
 対向車はそれなりに嫌ではあるけれど、ゆっくり進めば大丈夫でしょう。
 途中の分岐は左(標柱がある)、赤い橋をわたる。その先も標柱に従って計5分ほど進む。
 いよいよ森深くなってきたな……と感じる舗装終点が広くなっていて、ここが山道への入り口。

 解説板とともに「森の巨人たち100選」の銀パネルもあり、少し気を引き締めて森に踏み込みます。
 個人的印象ですが、森巨人100にはちょっと探訪リスクを感じるんですよね……。

 ここは、東北森林管理局に管理される国有林とのこと。
 単一の針葉樹林ではなく、さまざまな生態系が絡み合う混合樹林という感じ。
 前日が雨でしたが、足元は悪くない。しかし、いつクマが顔を出してもおかしくない雰囲気がある。
 実際、名も知らぬ鳥の声、ガサガサと何者かが身動きする音が幾度となく聞こえる。
 それ以外に聞こえるのは、自分の足音と熊鈴の音のみ。

 100メートルほど行くと、視界が開け、疑いようもない「八本杉」が現れました。
 ここまで人工物が全く視界に入らなかったので、根本にある祠が一瞬場違いなもののように認識される。
 すでに入口で解説を読んでいる流れなので、描写は任せましょう。
 (なぜかまた解説を撮るのを忘れてしまいました。)

  胸高樹幹周囲11.5米、根まわり17米、樹高40米、枝張直径18米、樹型は地上高約3米附近より環状に六本の支幹に分岐した直立型である。
 この生立支幹六本に、すでに枯損した一本を加えても七本であり、呼称どうりもう一本の支幹があったかどうか、現在その痕跡は認められない。
 分岐直立の生成原因は萌芽からの新芽が完全癒着し、地上高約3米まで主幹部を形成したものと考えられている。
 樹齢推定500年以上、秋田県内に現存する天然スギでは最大級のもので、学術上貴重な資料である。

 根幹はどの角度で見てもほぼ一本幹と呼べるレベルで融合しています。
 幹周11メートル強あるも、複数の幹そろってかなりの樹高で、全体図的に見る/撮ると細身な印象。
 集団内の優劣があるかのように、それぞれの幹の太さや樹勢は異なっています。 

 天然杉とのことですが、荒ぶる野生の裏杉感は全く感じない。
 気候の差とともに、更新ではなく種子の生まれであるとか、そもそも血統が異なるのだと語っているかのようです。

 こうして広葉樹が多い森の中にスギ巨樹が直立していること自体、見慣れない気がしますが、元来ブナとスギとは入り混じって森を作っていたそうです。
 そこに人の手が入り、この八本杉だけが残されたということでしょう。

 そう、というのも、八本杉にはタタリ伝説があるらしい……。
 かつて「法内製炭実行組合」がこの森の広葉樹を払い下げたところ、大正10年、昭和20年、23年と死亡事故が相次いだ。
 地元で「八本杉のタタリだ」と騒ぎになったため、根本に祠を作って山神として祭り、以来事故は起きなくなったという(秋田県緑化推進委員会「秋田の巨樹・古木」)。
 このエピソードを知ったのは帰宅後ですが、確かに八本杉には何やら侵しがたい緊張感が漂っていたように思い返します。

 七本のスギになぜ「八本杉」の名を付けたのかも謎ですが、もしかしたらタタリ除けに後で「八」としたのかも?
 「八」は縁起のよい数字とされるし、「葦=悪し」を「ヨシ」と読み替えるように、あるいは駐車場で「四」のマスを飛ばして作るように、このスギの集合体をあえて「八本杉」と呼称したのでは……。
 さすがに深読みのしすぎでしょうかね。

 存在感、幹周、樹高といい、新潟県「外丸矢放神社の八本杉」とはまさに肩を並べる存在でしょう。
 あちらが横に広がった板状フォーメーションなのに対し、「法内の八本杉」は円柱状。
 合体のタイプが違うことで巨樹の性格も違って感じるようなところ、面白いです。

 きれいな森、しかしどうにもソワソワして長居する気になれない……。
 一応ちゃんと撮れたことを確認して、八本杉に感謝と別れを告げました。

「法内の八本杉」
 秋田県由利本荘市東由利法内
 国有林内
 推定樹齢:500年
 樹種:スギ
 樹高:40メートル
 幹周:11.5メートル

 県指定天然記念物
 森の巨人たち100選

 訪問:2020.10

探訪メモ:
 足元は悪くはありませんが、滑らない防水靴が欲しいです。
 クマ避けの鈴は必携。
 冬は深い雪に閉ざされるのでしょう。

4件のコメント

  • RYO-JI

    合体スギと聞くと一本スギよりはやっぱりちょっと・・・的な考えが頭に浮かびますが、
    ここまでしっかり癒着しているとしっかりボリュームも感じるし一本杉に見劣りすることはありませんね。
    むしろ複数のスギが見事に癒着しているという自然の力に魅了されます。
    できることなら癒着していく様をタイムラプスで見たい(笑)。
    雪深い地域かと思うのですが、それぞれがスラリと高く伸びたスギというのもやや意外です。
    雪景色の中にそびえる姿もカッコイイんじゃないかと。
    ソワソワして長居する気になれなかったのは、タタリ伝説のせいかクマのせいか・・・。
    どっちもありそうですね。

    • RYO-JIさん>
      この八本杉を見ると、同じ天然杉でも、北陸の裏杉とは明らかに違う一生を送るもんなんだなあと唸ってしまいます。
      実際、秋田杉には他にも直線的な山中の巨樹があるようですし、奥深いですね。

      合体杉、「やりすぎ感」がある個体が多くて個人的には好きです。「高井の千本杉」は痺れましたね。あれこそ超広角欲しい。笑
      単幹の巨樹とどう比較するかと同時、合体樹である点が歴史や地域の中でどう解釈されてきたかも見どころですね。
      そう、現代感覚だと映像記録を欲してしまいますが、巨樹の成長成立こそまさに映像化困難な題材の筆頭。
      膨大な要素が関係してるでしょうし、反面、歴史があると言っても記録はほとんどないし……。
      今後AIが発言権を持つようになるでしょうが、シミュレーションによって樹齢や天然記念物の金看板がひっくり返ったりするのかどうか。
      もちろん、我々が踏み込めない季節の映像や写真も、マシンがいっぱい撮ってくるようになるでしょう。
      我々も、そういうカメラを操る時期がくるのかも??

  • to-fu

    冒頭の写真で岐阜県のあいつを思い出しましたが、全く別物の良スギでした。
    国天にふさわしいのはこっちじゃねえのかと…止めておきましょう。

    この手の合体樹って所謂井戸杉のように人の手で意図的に植えられたものだとばかり思い込んでいたのですが、
    自然発生的なパターンもあるんですねえ。スラっと直立したシンプルにぶっといスギは清潔さ、神聖さが
    感じられて好きです。日本中で御神木として祀られているのもよく分かる。
    どことなく京都の「大悲山の三本杉」に似ているような。三本杉も雪景色に非常に映える立ち姿でした。

    しかしここは…写真からもクマの気配が伝わってきました。
    本気でヤバいところは空気が違いますよね。捕獲用のかごが設置してあったりすると警戒度がMAXになります。
    まあウサイン・ボルト並みのスピードで山道を疾走する奴らに対策も何もあったものではありませんけど。
    今後も出会わないことを願うばかりです。

    • to-fuさん>
      諸事情からむ「〇本杉」界隈ですよね。
      外見的にも似てくるし、どこまで個別の印象を纏えるかの勝負になる。
      この「法内の八本杉」にはそう、自分も「大悲山の三本杉」を彷彿としました。
      立ち姿がキリッとして緊張感があって、そりゃあ製炭会社の人もびびってしまうでしょう。
      傍らに神社がなく、一面森林なのに、ここまで御神木的なのがなんとも神秘的でした。

      天然に芽生えたものかどうかは、とはいえ半々かなと思っています。
      秋田杉は間違いない! と推せるまでには「きみまち杉」など、じっくり見て回ってからにしたいなと。
      秋田、森の中にヤツの気配濃いんだもん……。
      妙にソワソワが止まらない時があり、やっぱり近くにいたんじゃ? と後から悪寒が走る瞬間がありますよねえ……。

      捕獲用カゴ設置はヤバい! それ見ちゃったら振り出しに戻るかどうかのターンに跳びますね。
      気配を察するほど経験値が上がってきたのか、慣れて越えねばならぬハードルがあるのか。
      ナメてかからず、ビビりの心を持ち続ける。ダメそうなら帰るんだ!

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