巨樹たち

岩手県盛岡市「石割桜」

天下の希景、真心の賜物

 奥州市「北館桜」、盛岡市「らかん児童公園の栗割り桜」と掲載してきました「どさくさみちのく桜旅」(書くたび名称が違う気がする)ですが、ついにクライマックスです。
 と言いますか、「うむ、石割桜を見にいく!」という前日の思い付きだけで出発したのが、この旅行なのでした。
 さっそく盛岡市までひとっ走り。

 巨樹に詳しくない方、南や西の地方にお住まいの方でも、一度見たら忘れられない、説明不要な一本ですね。
 石割桜のあるココがどこかというと、盛岡市街のど真ん中、盛岡地方裁判所の前庭です。
 めっぽうアクセスがよく、ものすごく目立ってもいる。
 したがって、自分含め、一度は目に焼き付けようというお客さんが日本中……いや、世界中から来ている。
 (例のニューヨークタイムズの一件もあったことですし……。)

 裁判所に近づくにつれ、人だかりが見えてきます。
 人混みは嫌だが桜は観たい。
 ジレンマと戦いながら撮影を始めますが、この大桜ならではの感触に気付くことになります。

 それよりまず、石割桜、巨岩と大桜からなる天下の奇景について。
 裁判所となる前、ここは盛岡藩の家老、北監物(「監物」は役職名で、南部済揖/なんぶさいしゅう、という方)の屋敷だったそうで、この何十トンもありそうな巨石は当然その頃から存在していた庭石だった。
 超古代文明のナニであったとか、そういう話は無いようですが、怪力娘おさつ(しかもめんこい)が雫石川の向こうからブン投げてここに落ちたという昔話ならあったりします。
 おさつは、みなさんを驚かせたお詫びに巨石をぶち割って桜を植えたのだそうな。

 一般的にこの桜(エドヒガン)は、巨石にわずかに開いた裂け目に入った種子が芽生え、育ったものとされている。
 このスキマは、正面の最も広い箇所で18センチしかない。
 裏側からも観察できますが、割れ目の幅はほぼ同じ……。

 それなのに桜はちゃんと根を張って、ここまでの巨樹に育っているわけです(岩の上での幹周は4.6メートルもある)。
 この岩に挟まれた箇所の幹は、つまり、世にも珍しい「扁平桜」であるわけですよ。
 当初このスキマはこれほどなかったとも言い、今でもごくごくわずかずつサクラが押し広げているとのこと。
 現地で満開の見事さとともにその事実を認識すると、思わず「なんてこった……」とため息が漏れました。

 もちろん盛岡の宝として愛されている。
 石割桜のメンテナンスに代々携わっている庭師の方々がおられ、雪からの保護など毎年の活動が恒例として報道される。
 昭和7年に裁判所が火災に遭い、庭師・藤村治太郎が半纏を水で濡らし、濡れた石で足を滑らせて口を切りながらも石割桜を守った……という逸話も大変有名。
 武者絵か何かにできそうなくらいかっこいい。

 珍しさといい、大きさや美しさといい、国指定天然記念物の肩書がふさわしいと言える巨樹のひとつでしょう。

 盛岡の人の高いリスペクトが伝わるのか、このサクラを前にした混雑にはどこか温和な秩序が感じられます。
 まあ、この立地で酒飲んで騒ぐ人がいないのは当然ですが……見ず知らずの人同士で記念撮影を撮り合ったり、ベストポジションを譲り合ったり。
 混んでいるにもかからわず、とても和やかで楽しいお花見ができました。

 おそらくこの盛岡石割桜を源流として、盛岡に近づけば近づくほど「石割〇〇」みたいなパチ……もとい後続の名勝が増える傾向がありますが、やはりこの樹は別格です。
 酷な環境であるはずなのに今も樹勢は良さそうで、チャンスがあればまたぜひ見に来たい……きっと見に来られるはずだと思わせてくれました。

「石割桜」
 岩手県盛岡市内丸9−1
 盛岡地方裁判所
 推定樹齢:350年
 樹種:エドヒガン
 樹高:10.6メートル
 幹周:4.6メートル

 国指定天然記念物
 訪問:2023.4.8

 裁判所の駐車場は使うことができません。
 近隣の有料パーキングに停め、同じく桜がきれいな盛岡城跡公園などとセットで巡るのが良いと思います。
 裁判所の門内へは自由に入って鑑賞できます。

 2023年の桜は二週間ほど早かったそうなので、例年なら四月中~下旬が見ごろ。
 盛岡で最も早く咲き始めるサクラだと書いている書籍もあります。

 盛岡、雰囲気の良い、落ち付く都市です。
 石割桜を中心に据える盛岡市さくらまつりについては市のサイトに情報が載ります(「今年も桜の季節がやってきました。」)

 盛岡市は国指定天然記念物のサクラが存在する最北の地だそうです。
 ただし、石割桜だけを指すわけではなく、「モリオカシダレ」という新種認定された枝垂れ桜もあります(巨樹ではありません)

4件のコメント

  • RYO-JI

    満開時の美しさだけでなく見どころが多い桜ですね!
    怪力娘のぶん投げ話がとてもイイ。
    想像して思わず『スゲー』とニヤけてしまいましたよ(笑)。

    石割具合や扁平具合をじっくり近くで確かめたいところですが、それは無理としてもドローンであらゆる角度から見てみたいものです。
    恐らく人間が10人がかりで押してもビクともしなさそうな巨石をこの桜がジワジワ押し広げているですって?
    なんとまぁ・・・樹木の逞しさに改めて驚愕する事実。
    さすが石割の元祖?だけあります。
    アクセスも良いし、盛岡は美味しいものもあるし、これを見て巨樹に興味を持つ人が増えればいいですねぇ。
    まさか盛岡?って例のニューヨークタイムズの件は驚きましたけど(笑)。

    • RYO-JIさん>
      とても人目につくところにある名所ですが、こんな様相なのにわざとらしさがなく、純粋に驚いて楽しめるところが凄いです。
      怪力娘の昔話、イイですよね。岩手日報社の本に載ってたんですが、時代的にかぶらないし、脈々と続く庭師の活躍まで一連の物語に仕立ててもいいんじゃないでしょうか。
      他の巨樹が羨みそうなほど、何ともエピソード豊かです。
      近所に「鬼の手形」の巨石がある神社もあり、太古からこういうのがゴロゴロしてた土地なのだなと感じました。
      花の時期のギャップがあるから人間としては心打たれてしまいますが、裏杉の怪物じみた根張りとくそ力まで行かずとも、サクラだってなかなかのものですよね。

      巨樹を見る以前から何度か盛岡に来てますが、いつも居心地のよい都市だなと感じます。
      ニューヨークタイムズそこまで見てるのか!? と取材力の高さには驚きましたが、質的にはじゅうぶん納得するところ。
      ここをステップに、未訪問の岩手北部、青森……うわ遠い……ともかく、盛岡にはまた近々行きたいと思ってます。

  • to-fu

    おお…今度こそ?石割桜だ 笑
    改めて見ると凄い光景ですよね、これ。
    樹木の成長の柔軟性、そして力強さには本当に驚かされます。
    このまま成長を続けると岩の断面を飲み込むような形になるのか、それとも断面がさらに広がっていくのか…
    なんて想像しているだけでロマンを感じます。もっと早く巨樹に興味を持てていたら、
    東京時代に絶対見に行ってたんですけどねえ。(言い出すとキリがない)

    盛岡は徒歩で回りきれるくらいのコンパクトさが魅力ですね。
    車も自転車も要らない。ぶらぶら歩きながらのスナップ撮影がとても気持ちいい街だと思います。
    私が歩いてからもう10年以上経っているので随分変わってるんでしょうねえ。久々に撮り歩きしてみたいです。

    • to-fuさん>
      各地の「石割○○」の管理者さんが情熱をもって管理されてるのは間違いないのですが、本家というか元祖というか、コチラを認めないわけにはいきませんよね。
      厚さ20センチの板状の部分があって、どうして巨樹として生きていけるんでしょうね。
      確かにこの先100年後~の姿、台杉のような櫓状?になるのか、岩が大胆に押しのけられて一本桜状態になるのか……
      いや、もしかしたら桜自身以外誰も想像できない第三形態があるのかも。
      そう考えると、あと50年もすればこの世にいなくなるこの身をちょっとだけ無念に思います。笑

      自分もかなり久しぶりの盛岡でしたが、記憶にあるより拡張が進んだように感じました。
      それでもゆったりした感じでしたし(岩手に入ると車列速度が途端にゆっくりになるんですよね笑)、桜はきれいに咲いてるし、二、三日ぶらぶらしたかったです。
      とくに用事がなくても行きたくなる街ですね。

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