巨樹たち

岩手県奥州市「北館桜」

現代の「見返り桜」

 超速ソメイヨシノに置いてゆかれつつ、「今年の桜巨樹はこれだ!」と訪ねた「親王櫻(筆甫のウバヒガンザクラ)」の宮城県丸森町はまだフキノトウ段階……だった今年、2023。
 「ツーアウトからが野球だ!(なにそれ)」みたいに、一路岩手県へと向かってみました。
 いや、検索したら宿に空きがあったという、それだけの発端だったのですが。

 北へ行けるんなら桜の巨樹を訪問しない手はない。
 今あえて放っておいて、他の季節に桜を撮るか? ……でしょう?

 話がまとまったみたいなので、東北自動車道。
 岩手県に入り、巻き戻る季節と咲き誇る桜にいい気分で突っ走っていくと、平泉を過ぎたあたりで、「おおおっ!?」と、思わず声をあげてしまう。
 時速100キロを超える速度の中でも視線を捉えて離さない、ひときわ見事な一本桜を発見。
 速度ゆえ振り向くわけにはいきませんが、強力に後ろ髪引かれる……。
 事実、次の出口で降りて引き返す人が相次いでいるという現代の「見返り桜」、それがこの「北館桜」です。
 (ドラレコ映像は復路でのもの。往路、反対車線からでもバッチリ見えます)

 下道に降り、探訪。
 目印に乏しい風景ではありますが、今やネット上の各種マップにもポイントされているので、かえって迷うことはない。

 近くまで来れば看板もありますが、上記の立地なので、高速道路の下をくぐることになります。
 高架トンネルから先、道が急に細くなると心得ておいた方が良いでしょう。
 むろん、春の一時しか見物客が来ない=混雑覚悟、という事情も。

 晴れて「北館桜」。
 どうだろう、満開までまだ少しあるか……?
 強風から遮るものがないので、ピークを過ぎれば散る速度は早そうです。
 (写真全てにおいて枝や花がブレていますが、強風が止むタイミングが全くなく、逆光と風の冷たさで涙がぽろぽろ出てます……)
 幹周は6メートル近い。腐朽のない見事な単幹は、巨樹と呼ぶに何の誇張も必要としません。

 解説に詳しいですが、この地には平安時代の豪族、奥州安倍氏の館があったようです。
 安倍氏と言えばざっくり安倍晴明を思い出しますが、同系かは不明だそう(諸説あります)。
 岩手内陸部を中心に青森東部~宮城の亘理くらいまでを手中としていたそうですが、1062年、「前九年の役」で滅亡している。
 しかし、昭和48年に高速道路を造るにあたって考古学調査をしてみたら、それどころじゃなく、縄文時代の遺跡が出てきてしまったそうです。

 つまり、この東北自動車道は遺跡を分断して走っており、北館桜はかつてそのてっぺんにあった……とおぼろげに全体像が見えてきました。
 1300年頃、行脚僧・南蘇坊がこの桜を植えたそうですが、中尊寺の月見坂の杉並木もこの方が植えたものらしい。

 ……ということで、推定樹齢は700年。
 長寿を誇るエドヒガンがこれほどの大きさに育っている姿からして、疑念は湧いてきません。
 ちなみに、横の杭に記されている登録名はただの「サクラ」のようです。

 古代史の重み十二分な土地に根付き、大きい上に、立ち姿、樹勢、花の付きも良い。
 たとえ国天のバッヂを授与したとしても納得がいく、素晴らしい大桜だと感じました。

 まあ、ただ……今や、立地が難。
 自分もそこをかっ飛ばして来たので何も言えないですが、桜/樹と同じアイレベルに100キロオーバーのクルマが轟音を伴ってガンガン突っ走っていくというのは、フェンスがあってもソワソワします。
 田んぼ側と比べると遠慮がちに伸ばしているように見える枝が、花をつけたまま高速道路の上まで達している。
 けれども、高速道路も巨樹も、ここから動かすわけにはいかない……。

 根の上を舗装されていて、その上で車を切り返すのがお決まりになってるらしいのも、ちょっと気の毒ではあります。
 いくら立派になっても、人の営みとともにある里の桜なのだな。
 しげしげ眺めた後で、距離感を調整し直すのでした。

「北館桜」
 岩手県奥州市衣川区横道下
 推定樹齢:700年
 樹種:エドヒガン
 樹高:19メートル
 幹周:5.7メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2023.4.9

探訪メモ:
 2023年は二週間近く開花が早かったので、例年なら見ごろは四月下旬だと思います。
 同じく奥州市の一本桜「梁川のエドヒガン(種蒔桜)」もおすすめです。

 桜直前の道はギリギリすれ違えるくらいの道幅しかなく、近隣住民の方々の交通を考えれば、駐車すべきではない状況でした。
 (路肩に停めたところ、介護送迎?ハイエースが来て、すったもんだしてしまいました。誠に申し訳ありません)
 近くの公共施設「川西伝承館」周辺が少し広いので、交渉するなどして車を置かせて頂ければベストかな、と。

4件のコメント

  • to-fu

    立派なエドヒガンですね。
    これ以上大物になってくるとサクラの花の華やかさよりも樹木としての衰えが気になってしまうので、
    巨樹的にもサクラ的にもちょうど見頃のように感じます。変な心配なしに春を満喫できそうで良い桜だこれは。

    しかし高速道路…もうちょっとこう、距離をとって迂回させることは難しかったんですかねえ。
    これでもサクラのために迂回させたんだぜ?と言われるとその通りなんでしょうけど。
    とはいえ走行中の高速から満開の桜が見えるのもオツなものですね。
    私なんかこのサクラが見えたらおおっ!!と意識を奪われてしまって事故を起こしそうです 笑

    そしてすぐ近くにある「牛の博物館」が気になって仕方ない…

    • to-fuさん>
      確かにそうですね。
      樹齢1000年、幹周8メートル、国の天然記念物! とか言っても、ボロボロの個体を見ると複雑な気分になります。
      もちろん「咲いて散る生死観がサクラなのだ」というお決まりの味わい方もありますが、でかくて健康な巨樹はそれだけで尊い。
      うん、そういう意味では咲いてなくたってよかったかもしれない。笑

      この桜巨樹一本を軸として、古代から今現在までの開拓の歴史を俯瞰したように感じました。
      何と言っても高速道路ですが……昭和48年、田中角栄の「日本列島改造論」ですよね、まさに。
      常識、価値観、風景、何でもかんでもグイグイ変わっていったんだろうなあと。
      この辺には他にも古い桜が点在してるし、ホントに「これでも避けた」のかもしれません。

      「牛の博物館」、やっぱり気になりますよねえ。笑
      こういった異質なモノを見かけると、まさに岩手入りしたって感じです。

  • RYO-JI

    桜の巨樹といえば横長のイメージがありますけど、これは背も高い桜ですね!
    そのせいか開花していなければ桜に見えないかもしれません。
    いい意味で新鮮、というかほんと見応えある立派な桜。
    こんなのが高速道路移動中に目に入ったら即Uターンですよねぇ。
    旅先でいいタイミングで出会う桜は毎年見られる訳じゃないし、ひょっとしたらもう一生無いかもしれない。
    そう思うとこれは格別じゃないかと。
    写真的にはフェンスがおおいに邪魔ですが、それでも撮らずにはいられない魅力をヒシヒシ感じます。

    • RYO-JIさん>
      確かに、立ち姿がしゃんとしているところが目を惹きました。
      筆甫の「親王櫻」もそうでしたが、自分としてはそういう大桜が好き……というか、やっぱり花見というより巨樹として訪問を決意しているフシがあります。
      エドヒガンって、咲いてない時は何の大木だ? って風貌ですよねえ。
      よく通る道沿いにスッと立ってる背の高い樹があるんですが、先日そいつがピンクになってるのを見て、桜だったんだ! と気づくという。普段の観察が足りない?? 笑

      高速道路のせいでじっと対面していられないんですが、この先同じ時期に北へ走ればまた北館桜を思い出すことができるとも言えます。
      一瞬でもでっかい姿と豪勢な花を拝めるチャンスがあるし、そこで少しでも気が起きるなら(そしてカメラを持ってるなら)、次の出口で降りて見返りに行こう! と思ってます。

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