巨樹たち

東京都港区「赤坂氷川神社の大銀杏」

首都の傷痕を背に隠す

 二月、雪深い地域へはおいそれと踏み込めず、かといって引きこもり生活ももう限界。
 だったら! と、関東出張中の休日、公共交通機関と徒歩での巨樹巡りを画策しました。
 そう。どうせならクルマ旅では絶対に行けないところへ行ってやろうじゃないか。

 で、二時間半後、大東京・港区赤坂に上陸。
 アカサカ。ローマ字で書くと逆さから読んでもAKASAKA。テレビ局と料亭の街……(貧弱な知識)。
 かつて東京に十五年も住んでいながら一切持てなかった縁を、巨樹が繋いでくれるというのか?

 若干キョロつきながら初めての赤坂を歩く。
 なるほど「坂」と付くだけあって、土地は小高く、アップダウンを繰り返す。短距離なのに早くもちょっと疲れてきます。

 きわめて人工的、ザ・東京という土地にありながら、今回の目的地・氷川神社だけが、ひんやりとした緑の茂りを保っています。
 このコントラストは強烈。鳥居をくぐれば神聖な……とまでは言わずとも、少し驚くくらい空気の変化を感じます。

 二月でも常緑樹の茂りが濃い。
 勝海舟命名だという洒落の利いた「四合(しあわせ)稲荷」の前を通過し、石段を登ると、ここは公園?
 巨樹とまではいかずとも十分見栄えのするクスやシイとともに、大銀杏が立っています。
 幹周囲はおよそ7.5メートル(胸高)。
 全国的なイチョウ巨樹のスケールで見てしまうと驚くほどの大きさではありませんが、東京都および港区では「善福寺のイチョウ」(幹周囲10.4メートル)に次ぐ大銀杏とのこと。

 ともあれ参拝を。
 何と言っても東京でも屈指の神社だし、オノボリサン気分を楽しみます。

 徳川吉宗公建立、氷川の名は祭神のスサノオノミコトが出雲でヤマタノオロチを退治した舞台の川にちなむ。
 これだけ超大都市のど真ん中にありながら社叢は健全で、徹底的に維持管理された庭園というよりは、天然の雑木林に近い雰囲気。
 それこそ、ある種の結界の中にいるような、と書く方が適当かも。

 再び大銀杏に向けて歩きながらカメラを構えていると、地元の方らしき老紳士に声をかけて頂きました。
 「氷川神社を撮るならぜひ大銀杏を」とおっしゃる。それも、「皆さん正面だけ見て帰ってしまうが、ぜひ後ろ側に回ってみてほしい。そこにこそイチョウの本当の姿、凄まじい生命力が感じられるはずです」
 ……と、重みある口調で教えて頂きました。

 言われた通りにイチョウの背側へと回ってみる……と、その印象は一変しました。
 確かに、正面からはこの姿はまるで見えず、想像もできなかった。
 老紳士曰く、

「氷川神社が今も社殿や文化財を保っているのは、東京大空襲の焼夷弾に焼かれなかったため。
 しかし、あのイチョウは……」

 落雷や強風被害とは明らかに印象の異なる損傷の仕方です。
 炭化した部分はいまだに黒々としていて、まるで去年燃えたばかりのよう。
 燻りの熱や焦げ臭ささえ感じられそうでした。

 東京には他にも戦火に焼かれたイチョウが存在します。
 上記した「善福寺のイチョウ」からしてまさにそれで、一旦は枯死しかけたものの、息を吹き返して今に至るそうです。
 巨樹を見続けていると、イチョウの不死身の生命力には呆れながらも慣れてきますが、今回はそれと同時、懸命に消火活動する過去の人々の姿も浮かびました。

 大火、震災、空襲、大規模再開発……何重にも押し寄せる危機を乗り越え、今もここに立っている。
 赤坂氷川神社には「いちょう守」というかわいいお守りが売られていますが、このイチョウに霊妙な力を感じる気持ちは十分共感できました。

「赤坂氷川神社の大銀杏」
 東京都港区赤坂6丁目10−12
 推定樹齢:450年
 樹種:イチョウ
 樹高:25メートル
 幹周:7.5メートル

 区指定天然記念物
 
 訪問:2023.2

探訪メモ:
 東京メトロ千代田線「赤坂」駅下車、徒歩7、8分で赤坂氷川神社。
 思ったより足を使います。

 余談ですが……
 実は、赤坂氷川神社を訪ねたのは、表題のイチョウが目的ではなかったのです。

 「どうせならユニークな樹種の巨樹を探訪したい!」と下心で巨樹DBで探ったところ、ここに幹周囲379cmのアオギリが存在するらしいと知ったのです。
 というか、仮にもDBに登録されているアオギリはこれ一本だけ。刺激されるじゃありませんか。

 広い敷地内を二、三周して探しましたが、結局、アオギリは見つからず……。
 4m近いなんて、鳥居より太いんですよ? もしかすると日本一かも。視界に入れば
わかりそうなもんですけど……。
 神社には立ち入れない場所もあるし、環境省や自治体の調査などに同行できないと厳しいのか。
 いや、少なくとも、大きな青い葉のある時期に来るべきだったか……と、この面では無念の撤退。

 実在するなら見てみたいですし、どなたか、ご存じの方がおられましたら情報をお寄せ頂ければありがたいです。
 代わりにこのイチョウに出会えたのは、怪我の功名でした。

4件のコメント

  • to-fu

    時速10kmで進行する首都高なるファッキン・自称高速道路に翻弄されながら、隣の高速バスを恨めしく眺めてましたよ。ああ、自分で運転しない車って素晴らしいなと。景色眺めて、それに飽きたら寝てしまえばいい。目覚めればそこは目的地だ。しかも単独なら高速代+ガソリン代費やして車を出すよりずっと安いという…夢のマシンじゃないか。

    しかし改めて思うのは、東京って本当に緑が多いし実は都心には巨樹もたくさん生えていたんだなと。
    戦火の跡が生々しく残っているものもあり、数値抜きにしても見応えのありそうなものが非常に多い。
    善福寺のイチョウがあまりに有名ですが、こちらもなかなか壮絶な姿をしていますね。
    幹の空洞の迫力からなのか実際のサイズ以上に大きなイチョウに見えます。

    駐車料金の高さにビビッて早々に帰路についてしまいましたが寄り道しておくべきだったか…
    (ホテルの提携駐車場でしたが、割引チケットがなければ一晩でイチマンエン近くかかってました 笑)
    この記事を見るのがもう少し早ければ、東京に追加で一泊宿を抑えて巨樹巡りしたかったです。

    • to-fuさん>
      その節はお疲れ様でございます……。
      首都高の渋滞の数時間は、それだけで一晩750キロメートル一気走破と同等の人間性破壊をもたらしますよね。
      数度経験以来、力一杯首都高を避け続けている人生です。
      ええ? P代がイチマンエン!? もうほんとヤダ、東京怖いしかない……。

      本当の意味で東京23区の巨樹を求めていくと、この「戦火」というキーワードが大きな意味を持ってきますね。
      おそらくそれ以前はもっともっと巨樹の多い都市だったのだろうと。
      その点で、生き証人であるこの「氷川神社の大銀杏」は、東京の近代を象徴する巨樹だったと印象に残りました。

      若くて大きな樹、変わった樹を見るつもりで歩けば、東京23区でもけっこうおもしろい発見ができそうですよね。
      折々、関東出張がてら齧ってみたいです(善福寺のイチョウはわざと次回のため未訪問にしておきました笑)。
      あー、でも、奥多摩や青梅はどうすればいいんでしょうね。レンタカー?

  • RYO-JI

    東京に巨樹のイメージはまったくありませんが、こんなのが存在していたんですねぇ。
    傷付いた巨樹と言えば暴風や落雷、虫や菌類などの影響はよくありますが、まさかの戦火。
    そうか、確かに場所柄歴史を振り返っても充分あり得ますものね。
    いくら大都会とは言え、巨樹が少ないのはそういう理由もあるんでしょうね。
    苦労して辿り着いた山奥の巨樹は言うまでもありませんが、電車で行けてしまう都会の巨樹との出会いも新鮮ですいいですね!

    またタイミングよく老紳士が現れて声をかけてくるだなんて出来過ぎですよ。
    恐らく狛さんの様子から声をかけられたんだと思いますが、まるでこのイチョウが老紳士になって語り掛けてきたような錯覚に陥りそう。

    • RYO-JIさん>
      同感です。スクラップ&ビルドし続ける東京23区においては、一本の樹に注目することなんてできやしないと思ってしまいますね。
      改めて巡ってみれば、そこにさらに「戦火」という巨大な要因を知ることになる。
      東京という都市はそうして流動してきたのだと……
      この大銀杏こそ東京史の貴重な証人だと書いても、大袈裟な文句ではないと思います。

      未練がましく書きましたが、ほんとはアオギリを捜しに行ったので笑、大銀杏のエピソードは頭に入れてませんでした。
      電車と徒歩での巨樹巡りはかなりせわしなく、声をかけていただけなければ、「ああ、そこそこ大きなイチョウだ」くらいで終わっていたかもしれません。
      正面からただ眺めていただけでは、背面がこうなってるとはまず気付けない。それがこのイチョウの特徴でもありますね。
      「氷川神社に来たならぜひ撮って下さい」とおっしゃられたので、これはもうイチョウがそう語ってるのと同然だなと僕も思いました。
      予想外にやり甲斐のある探訪、出会いでした。

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