巨樹たち

石川県輪島市「里の与兵衛家のシイ」

無間の鐘をつく……その末路

 昔々のこと……。
 この椎の立つ土地は、与兵衛という百姓の持ち物だったそうだ。
 生前、与兵衛は129石を超える豪農であり、塩田も所有して塩作りも手広く行っていたというが、この者が大きな富を手にした理由については、ひとつ、昏い話が伝わっている。
 ……

 それは、与兵衛がおのれの繁栄を願って「無間の鐘」をついてしまったというものだ。
 「無間の鐘」には娑婆と未来を取り替える力があり、ついた者は現世で望むままの繁栄を手にできるが、引き換えに死後無間地獄へ堕ちて永遠に浮かばれなくなるという……。

 しかし、そういう恐ろしい代物だと知った上で、与兵衛は鐘をついたのだ。
 それほど、人よりも栄えたい、富を我が手にしたい、という凄まじい慾がこの男を支配していたのだ。
 鐘が、本来鳴ってはならない不気味な音色を響かせた……。

 どんな音だったのか……
 与兵衛の他に聴いた者がいたのかどうかも定かではないが……
 ともかく、異変は起きた。
 椎のそばにあった池から血の色をした巨大な牛が黄金の塊を担いで上がって来る……などという不可思議な出来事が連日起きていると、与兵衛は口角泡を飛ばして口走っていたという。
 村の人々にはにわかに信じがたかったが、しかし現に与兵衛家はみるみる栄えた。
 転がり込んでくる富には終わりが見えないかのようだった。

 類い稀な豪農と化し、財産を使い尽くすのも難しいように思えたのだが……与兵衛から数えて七代を重ねた時、蝋燭の灯を吹き消すかのように、突然、その家は没落して消え失せてしまった。
 つくづく慾をかいた与兵衛が、無間の鐘をつく時、子孫の繁栄も欲し「七代良かれ」と念じたためだ。
 まさにその通り、七代富を与えた後、鐘はぱったりとそれを断ち切った。
 鐘は約束を果たしたというわけだ……。
 つまり……今度は、与兵衛が、その約束を果たす番となる。

 与兵衛、乗じて富を味わったその七代の子孫たちの魂までも、無間地獄の永遠に終わらぬ虚無の苦しみに呑まれたものであろうか……。
 当時の面影を遺すものといえば、ただ鬱蒼と茂るこの椎の巨樹だけである……。

「里の与兵衛家のシイ」
 石川県輪島市里町
 推定樹齢:500年以上
 樹種:スダジイ
 樹高:24メートル
 幹周:7.63メートル

 市指定天然記念物
 訪問:2017.5

探訪メモ:
 Googlemapでは「里の与兵衛の椎の木(天然記念物)」と登録されてます。
 「南志見住吉神社の松」と同じ県道277号線上、5分弱のところにあるので、セットで。
 駐車場はありませんが、のどかな環境でした。

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