巨樹たち

秋田県湯沢市「吹張の大槻木」

驚愕の街角メタモルフォーゼ

 飽きずに数百もの巨樹を巡ってしまったのは、単純な話、巨樹が驚かせてくれるから。
 驚きの種類も豊富だし、慣れてきた頃にこそ、信じられないようなモノが目の前に出現する。
 中でも、個人的に「やりすぎ巨樹」と呼んでいるジャンルがあって……
 いや、能書きはこの辺にして、このとんでもない巨樹「吹張の大槻木」にとりかかりましょう。

 一里塚跡に今も残るケヤキに導かれるように秋田県湯沢市の市街を歩き、現在は旧道となっていると思しき県道277号線(西松沢杉沢線)を南下していきました。
 右手は湯沢城址。国登録有形文化財「山内家住宅」の他にもレトロな建物が多く、撮り歩きが楽しい。
 市役所・中央公園から4、500メートル進むと、突如、遠目でもわかる樹冠が見え始めます。

色づき方からケヤキとわかる。……しかし、間も無く全貌が明らかになると、その「知ってる」感が一蹴されるのです。
 もちろんリサーチの上で来ていますが、おい、これはなんだ? 怪物か、このケヤキ!?

 旧町名をとって「吹張(ふっぱり)の大槻木」、もしくは「愛宕町一里塚のケヤキ」と呼ばれる巨樹です(「つきのき」はケヤキのこと)。
 ぱっと見のビジュアルだけで、この樹のいわば異常性が十分ご理解頂けると思います。

 まるで自分より大きな獲物を呑み込みつつあるタコです。
 膜のように広がった滑らかな表面も圧巻ですが、地表近くでは数多く分岐し、それがまた触手のように見えてくる。
 強く太く重々しいケヤキにここまでの柔軟さがあるとは……それをこれほどまでに強烈に見せつけてくるとは。
 想像・常識を超えるフォルムとしか言いようがありません。

 徳川時代、幕府が街道筋の各藩に命じて一里塚を作らせ、目印としてケヤキが植えられた。
 それは理解できるのですが、順調に育つとこんな風になる? 
 いや、先に見てきた「湯ノ原のつきの木」はもっとおしとやかでしたよ? あれがケヤキってものでしょ?
 ……と、説明文だけでは到底納得できません。

 塚の土饅頭が大きすぎたのか。
 それを根が覆い、土が流され、それでもケヤキが枯れずに生長を続けた結果なのか。
 何にせよ生命力の強さには驚かされるばかり。

 もはやどこからが幹なのか、定義が難しい体躯ですが、解説板には「幹の回り8メートル」とある。
 形状上の「幹」として考えられる部分を3メートル地点で計測すると、この太さになるようです。
 そこからは急激にフツウの大ケヤキになっていく(というフリをしてるとしか思えない)……。

 しかし、どうしたってそれだけの樹ではない。書いてて笑ってしまいますが。
 現在オフィシャルとされている巨樹測定法に則って「地上1.3メートル地点での幹周」を測定したところ、なんと、22.8メートルという驚愕の数値を叩き出しているそうですよ!(2003年、高橋弘氏による実測)

 単幹で22.8メートル……もしこれを幹周とするなら、かの日本一の「蒲生の大クス」とも比肩する巨樹となってしまう。
 いやあなた、これは反則! やりすぎだよ! と相手にされないのかもしれませんが……
 巨大クスの多くにおいても「計測しているのは根ではない、幹だ」という確証など得られないのでは……?

 やめておきましょう。
 この辺りでも、この巨樹、通念常識に対して一石を投じてくる異物的存在感を放っていると思うのです。

 現地解説板の内容は主に一里塚の解説。
 このような突出した巨樹が何の天然記念物にも指定されていないというのは驚き。
 一里塚が文化財指定で保護されているので個別には不要なのかもしれません。
 それでも、ケヤキの超絶的形態として、もっと注目されるべき樹ではないか? と思ってしまいますね。

 車と比べてもこのように衝撃的なサイズ感(隣がこの樹のための駐車場になっています)。
 変な話ですが、道行く人が一瞥もくれないのも何とも違和感がある。
 いや、毎日見ていればそうなるのでしょうが、「ひょっとして、このオバケケヤキは自分にしか見えてないのでは?」……的、妙な感覚を感じる撮影でした。

 もちろんそんなことはなく。
 この辺りはかつて湯沢城の木戸(城塞の出入口)があったところで、この大槻木も古くから「槻木さん」の愛称で親しまれているそうです。一里塚の同類「湯ノ原のつきの木」と地中で根がつながっているという話もあるとか。

 足を運べば、まだまだこんな凄い巨樹に出会える。
 コロナでくじけてる場合じゃないなと感じさせてくれました。

「吹張の大槻木」
 (愛宕町一里塚のケヤキ)
 秋田県湯沢市愛宕町2丁目1
 推定樹齢:400年
 樹種:ケヤキ
 樹高:20メートル
 幹周:8メートル
 ※地上1.3メートル地点での幹周は22.8メートル

 市指定史跡(一里塚)
 訪問:2020.10

 探訪メモ:
 現地の小学生まで「万事異常ナシ」の表情で通り過ぎて行きますが、さすがに観光向けにはこの樹も史跡巡りコースの一部と考えられているようです。
 3、4台停められそうな駐車場が用意されており、車で直接訪ねても安心。ありがたいことです。

 とにかく、この巨樹の前に立つと驚愕に踊らされてしまいますが、ケヤキにはかなり自在に形態を変える性質があると言えます。
 ほぼ第二の幹と言える根を水平方向に渡して川を横断した兵庫県丹波市「柏原の大ケヤキ(木の根橋)」や、この「吹張の大槻木」にはかないませんが、茨城県坂東市「沓掛香取神社のケヤキ」も極端な根張りを見せつける樹です。

(掲載遅いですが、近いうち載せたいです……)

6件のコメント

  • to-fu

    見た瞬間笑ってしまいました。いや、むしろ笑わないのはケヤキに失礼では?というくらい。こういう飛び道具的な巨樹と出会うと本当にリスト上の数字とにらめっこしてたらダメだなと痛感します。(逆の意味でも、いやいやこれは無いでしょ…と拡大解釈してアピールしているものもあるので尚更痛感するわけですが 笑)滋賀県に「大将軍神社のスダジイ」というのがありまして、例のごとくまだ記事には出来ていないのですがそれを思い出しました。個性というものはそれだけで大きな武器になり得ますね。

    しかしホント地盤沈下したわけでもないでしょうに、どうやったらこんな姿になってしまうのか。まじまじと見つめていると考え込んでしまいそうです。きっと何らかの理由があるような気がするのですが。ケヤキに聞いたら「いや?なんとなくだけど?」なんて言い返されてしまいそう。人間も巨樹も本当にいろんな奴がいるもんだなと。この手の巨樹は好きも嫌いもまず実際見に行ってナンボですよね。ぜひとも実物を見てみたいものです。

    • to-fuさん>
      神様を感じたり生きるパワーをもらう……よりも、おいおいマジですか!?という素直な驚愕をぶつけるのこそ、正当な反応だと思いますね。凝り固まった巨樹を見る目をぶち壊してくれます。
      この樹が天然記念物ではなく、水面下で活動(?)しているのも、そういう常識を覆すための役割のようにすら感じられてきます。ええ、多分それは違うでしょうが……。
      「大将軍神社のスダジイ」も検索してみましたが、これも形だけは十分、宙をさまよう天空の城。これら巨樹たちは妙に元気なんですが、「大地を離れては生きてはいけない……」という、あの一言の重みを感じますね。

      成り立ちについて考察していて、もうひとつ思い浮かんだのが、ひょっとしてこの一里塚にはでかい岩でも埋め込んであるんじゃないか? ということ。根が入り込めず、かの洞杉のようにそれを包むしかなかったのでは? と。
      でも、そう、「なんとなく、やってたらこうなったわ」と言いそう。これが気に入ってんだわ、みたいな。笑

      秋田県の巨樹の注目株として、ぜひお会いいただきたいです。知っていても、実物を見た瞬間、歓声を上げてしまいますよ。

  • RYO-JI

    ケヤキさん、やり過ぎです(笑)。
    個性がヒドイ!
    樹木界においては、合体系や伏条更新、ひこばえ戦法など反則スレスレの技がありますが、これは更にえげつないですね。
    どうやったらこんな奇怪な姿に育つのか・・・見れば見るほど笑みがこぼれてきますよ。

    最初、幹(本来の)は4~5mくらいで根が異様に発達したケヤキかなぁと想像していましたが、
    幹で8mは巨樹として充分過ぎる程立派、しかも1.3m地点で22.8mってまさに怪物ですよ。
    いやー、これはかなり驚きました。
    巨樹のユニーク部門では間違いなく上位入賞でしょう!

    • RYO-JIさん>
      個性がヒドイ! まさにそれですね。笑
      分岐、合体、更新いずれでもなく、ただ頑張ってすくすく育ちましたという一本に見えますね。
      長寿のケヤキに見られる変形やコブもないし、幹の空洞化も見られないし、灰色で、すべすべした綺麗な肌をしています。
      ……ヘンな樹。笑(オンリーワンに素晴らしいという意味を込めて。)

      どこを測るかで数値は全く変わってしまい、紅白のしめ縄がある辺りでの幹周は6メートル台そこそこと見ました。
      しかし、その下部もおそらく土饅頭ではないと思いますし、8メートル程度と謳っても問題はないと思いますね。レントゲン写真を撮って見てみたいですね。

      やりすぎ巨樹部門では、「高井の千本杉」などとともに欠かせない存在です。
      珍百景とかビックリ巨樹大賞! ではないですが、そういうのも見てみたいですね。笑

  • 旧国道=街道沿いですので、ご指摘どおり本当はもっと目を引いても良いのでしょうけど、地元民としては昔からあるもの=一里塚ってこんなでしょ、という感覚でスルーしてるのは確かにそうでして。
    地元を離れて、各地のいわゆる「一里塚」となっている樹木を見ても、同じような姿の樹木には出会ったことがありません。
    スタジオジブリのみなさんに、ぜひ見てほしいなあ、と思っています。
    湯沢の町衆は、大晦日には、この街道を通って、町の南端にある「愛宕神社」に二年参りします。
    音のない雪景色のなかで、雪の照り返しや月明かりで見る、この槻の木さんは、実に神秘的です。
    あと、ここの町内名「吹張」は、なかなか発音が難しいです。fippari。

    • 鍋さん>
      仰る通りで、これだけのヴィジュアルですから、もっとずっと目立つものだろうと想像して向かいました。
      少し入ったようなところにあって、いや、それ以上に街の皆さんが普通に通り過ぎていくのが意外でした。
      見慣れるというのは恐ろしいものですね。笑
      実物を見ると、これは実にものすごい樹です。実物を見られてホントによかったなとも思いました。

      人工的に形作られた巨樹はよく目にするものですが、それだけでここまでなるものなのか? となにがしかの驚異を強く感じます。
      fippari……なんていう発音も初耳で、耳から鱗的に感じました。ありがとうございます。
      湯沢市は古い町並みもあって、写真を撮りながら歩いても面白い街でした。
      またぜひ遊びにお邪魔したいと思います。

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