巨樹たち

山形県鶴岡市「湯田川の乳イチョウ」

出湯鎮護の古社と乳イチョウ

 山形県鶴岡市。この辺りではひときわ大きいイチョウの巨樹を探し、温泉街に辿りつきました。

 ここは「湯田川温泉」。県内の方にはお馴染みの温泉地らしいですが……こんなにちゃんとした温泉地と知っていたなら、短くともそれなりの逗留予定を立てて来るんだった! と思った次第です。

 

 文人墨客に愛された温泉地とのことで、現在も風情を残して並ぶ旅館を眺めながら歩いていくと、目的の「由豆佐売(ゆずさめ)神社」に至りました。

 「由豆佐売」とは聞き覚えのない神社名でしたが、そのはず、全国でもここ一社のみのようです。
 神社の解説板によれば、927年編纂の「延喜式神名帳」にすでに官社として記載されている「式社(朝廷から認められた社格の高い神社)」であるそうです。さらに創建は650年という古さ。

 そんな解説は後付けで、しんとした雰囲気にすぐに心奪われています。
 両脇に立つ杉並木も高く、今いる空間が神域であると誰しも感じることができるはずです。

「式内の 由豆佐売の神ここにいまし 透きとほる湯は 湧きでて止まじ」

 という斎藤茂吉の句にも感じられるように、古くからこの雰囲気が守られてきたのでしょう。
 時代映画「たそがれ清兵衛」のロケ地にもなったそうです。

 さて、この石段を登り始めると、大イチョウの姿もすでに見えています。
 向かって右手にそびえているのがそれ。
「湯田川の乳イチョウ」です。

 驚異の太さを誇示するというより、周囲のスギに負けじと力を入れたらしく、かなりの樹高を見せるタイプのイチョウです。
 解説時点ですでに37メートル、枝葉の茂りが良い現在では40メートル超あるのではないでしょうか。

 イチョウといえばこの乳柱(気根)。このイチョウにもお乳の出が良くなる信仰・願掛けがあるとのことです。
 そして、雄株。乳の出を願う相手が男というこの皮肉な図を見たのは何度目か……。
 結実しなくて良い分、雄株の方が気根を作る余力があるという説は信憑性を感じますね。

 気根と同じ分だけ上方にも垂直の枝を発生させている。
 至る所苔むすような薄暗い境内だけに、やはり相当に上空を目指す志向があるようです。
 主幹の太さは7.3メートルと、イチョウの巨樹としては並ほどですが、上に下に、同時に成長しているこの部分の勢いは壮観です。

 樹勢からして極端な老齢ではないと見えますが、宝永2年(1705)の古書「大概往来」に「出羽一国の銀杏の大木あり」との記載があるとのことで、300〜400年以上は確かそう。

 個人的に面白いと思ったのは、「なぜここにイチョウなのか?」という点。
 イチョウといえば仏教伝来と同時期に持ち込まれたという説もあるらしく、お寺の巨樹として見かけるのが一般的に思います。

 加えて、倒壊した「鶴岡八幡宮のイチョウ」、仙台の「苦竹のイチョウ」など、八幡神社にあるもの。
 八幡神は神仏習合に積極的で「八幡大菩薩」と化し、「仏教寺院の守護神」というすごい側面を持つ。
 神社でありながら、仏教文化に関係ある要素には違いないと思うわけです。
 ために、八幡神社にイチョウがあってもおかしくはない。と言えるのではと(個人的考察)。

 しかし、前半にも書いたように由豆佐売神社は数ある神社の中でも古く、由緒ある神社。
 祭神も八幡神ではなく、溝樴姫命(みぞくいひめのみこと)、大己貴命、少彦名命。
 このイチョウは、どの時点で(あるいは誰に)ここに植えられたものなのか?

 一応のヒントは、神社の歴史として、
 「現在の拝殿は、安永年間(1775年頃)の造営で、昔は観音堂と称し、十一面観音を祀り、社名も滝蔵権現と称し、神仏習合時代の密教寺院に多く見られる平面構造となっています。」
 とあり、この時代に密教文化の息吹として持ち込まれたものなのかもしれません。

 解説板。幹周りの測定に難儀したことが正直に書かれていて、経験ある身としては好感を感じてしまいました。
 おい、こういう場合どうするんだ? 高い方でしょ? 高い方でいきましょう、みたいな現場の空気。
 当時は「巨樹の測り方」のルールが定着していなかったのかもしれません。
 「しかし、雄株であって……」の律儀なくだりも個人的に好きです。

「湯田川の乳イチョウ」
 山形県鶴岡市湯田川岩清水86
 由豆佐売神社
 推定樹齢:300年以上
 樹種:イチョウ
 樹高:37メートル
 幹周:7.3メートル

 県指定天然記念物
 訪問:2020.9

 探訪メモ:
 由豆佐売神社に駐車場がないため、湯田川温泉入り口近くにある「住民会・共同浴駐車場」を使わせて頂きました。
 歩き回った後の足湯は最高に気持ちよかったです!

 御一族が法事中だったため確認に行きませんでしたが、隣接する墓所に幹周4メートルを超えるサイズのモミもあるようです。
 樹高30メートル以上あり、遠目に見えました。これも鶴岡市指定天然記念物とのことです。

4件のコメント

  • RYO-JI

    見事な乳柱を持つイチョウですね。
    乳というよりは氷柱を連想させるような形状だと思いました。
    杉並木に交じって存在するのが面白いですよね。
    それに負けじとドンドン樹高が増していったと・・・逞しい(笑)。
    上に下にと勢力拡大に勤しんでいるようですが、まだまだ巨大化する勢いが感じられますよ。
    のちに東北を代表する一本に育っても不思議はないでしょうね。
    解説版の文言ですが、変に盛ったりしていないところ、むしろ自虐的?いやぁ好感が持てます(笑)。

    神社の雰囲気・空気感も良さそうでイチョウ抜きにしても参拝したいと思えます。
    黄葉時だと周囲からイチョウだけが浮いて見えて壮観でしょうね。

  • RYO-JIさん>
    柔らかそうな質感のものもある乳柱ですが、言われてみれば確かにこれは氷柱、氷瀑みたいにも見えますね。
    樹高はスギに負けじと高かったですよ。ほんとイチョウは、イチョウだからこうという枠がなく、いかようにでも変形して生きていけるところがすごいです。
    それだけに、この場所の数百年単位の変遷も記録しているようにも思いますね。
    とても静かで、薄暗いですが感じの良い空気が漂い、いかにも古い神社の風格がありました。

    解説文の語り口、面白いですよね。短い文ながら、変に無理をしていない感じが。笑

  • to-fu

    一本ずっしりと芯が通った良いイチョウですね。
    イチョウはどうしてもひこばえが茂りすぎて実体がよく分からない…下手すると小さな森みたいなってしまったものが多いですが、このイチョウはドカッと大理石の柱でもぶっ刺したかのような確かな重量感、存在感があります。大量の気根があるからなのか、とても7m台のイチョウには見えませんね。10m近くありそうな迫力を感じます。

    それにしても寒そうなところですね…如何にイチョウがタフであるか思い知らされます。日本一のイチョウからしてあんな寒そうなところに立っているのでお察しなのかもしれませんが。冒頭で書かれているとおり、このイチョウと絡めて温泉旅館に泊まれたらもう最高の旅になるでしょうね。温泉を取るならやっぱり冬、でも冬はイチョウが散ってしまうし…と、ある意味非常に悩ましいことになりそうです。

    • to-fuさん>
      御神木がイチョウというケースですが、できるだけ御神木的に見えるように育てたのかもしれません。
      この立ち位置もまさに御神木という感じ。石段の先にそびえているので、下から見上げると50メートル超に見えて壮観です。
      ご指摘の通り、大きな傷みもない主幹を拝めるのも良いところですね。

      そうですね……冬の温泉地風景を考えると、ここはどんな感じになるんでしょう。
      文人を気取って逗留して雪降る中参詣してみましょうか。……きっと寒すぎて早々に宿に逃げ帰るんですよね。笑
      黄葉の時期では、きっとこの大イチョウだけが別の明るい色彩を放って浮き上がるのだと思います。

へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です