巨樹たち

茨城県石岡市「佐久の大杉」

地域に愛され続ける老大杉

 杉は大変に長寿な樹種です。
 茨城で秀でた老杉(ろうさん、そういう言葉が正しく存在するのかわかりませんが、巨樹業界では時々使われます)はどれか?
 と問う場合、「佐久の大杉」は絶対に外せない存在です。

 石岡市の鹿島神社に到着するや否や、写真のような胸高鳴る眺めを披露してくれます。
 これは……杉が大きいのか、神社が小さいのか?
 遠近感が完全に破壊される眺めに、慌てて三脚をスタンバイせずにはいられません。

 実は、曲がり角を間違えて裏手から訪問してしまいました。
 おかしいなあと思いつつも、最初に目に入ったのは↑この姿です。
 大きな鉄塔のような構造物は幹を直接支えてはいませんが、大枝を固定し、姿勢を安定させている。
 幾筋ものワイヤーでの牽引があり、避雷針とアースもつけられている。

 剥離した表皮が展示されていて、触れてみると、恐ろしく重く、固く、大きい。もう一枚あればカヌーが作れそうです。
 しかし、これは樹皮というレベルの剥離ではなく、ごっそり大枝ごともげたとか……痛々しい出来事を想像させます。

 まさに老大杉。
 幹周囲は目通りでほぼ9メートルあり、途方もない年月を生きた巨樹特有の風格を感じます。
 老いるというにとどまらず、生きながらに半身すでに白骨化している……。

 すぐ思い浮かんだのが、同県内「安良川の爺杉」
 やはり全身朽ち、ワイヤーや避雷針に守られ、命をつないでいる文字通り老杉で、前に立つと、絶対1000年生きてるはずだ……と納得してしまうような、歳月の重みを感じさせます。
 しかし、正直言うと、「安良川の爺杉」に感じたのは、いわば悲壮感でした。
 いや、全く逆の感情を抱かれる方もいらっしゃるかもしれませんが……痛々しい印象が強く、再訪するには至っていません。

 当然「佐久の大杉」にも、ネガに対峙する心構えをしましたが、実際前に立ってみて驚きました。
 1300年も生きてるとされ、全身傷だらけでありながら、意外でしかないような陽気を発して立っている。
 なんだこれ……と、予想を覆され、その大きさ以上に心を動かされました。

 巨樹にも人柄みたいなものがあるんじゃないか……などと思い浮かべます。
 そもそも、ただ大きいというだけで、これほど多くの人が想いを寄せる理由になるだろうか?
 「佐久の大杉」に投じられた処置は、これまで見た中でもとりわけ厚い。
 解説を読めば、木道に至っては担当の樹木医さんが寄贈したもの(!)だと言います。
 どうしてそこまで?

 この樹が持つ不思議な「人徳」に、皆、魅せられてしまったのではないでしょうか。
 老いたる杉は、それに応えて今も生き続けているのに違いない。

 推定樹齢1300年という数値も、この樹の場合、大げさではないのかも。
 ちょっと、かの「石徹白の大杉」と似ているとさえ感じましたが、あそこまで神様ではない。
 あくまで身近に親しめる存在感のまま、ある域まで達してしまった樹という感じがします。

 巨樹探訪の経験上、解説文が複数あるというのは、ある意味での警告だと思っています。
 価値をより大きく示すことで、気軽に近づくことを阻んでいる。それほどに壊れやすいものであると。

 しかしこれも、この杉の場合は当てはまらないと感じました。
 書いておきたいドラマがとにかくいっぱいあって、1枚じゃ収まりきらなかったんだと伝わってきます。

 もちろん観光案内にも出てくる巨樹ですが、これだけ成果が出ても、あざとく名所化していないところも尊い。
 この樹に会ってしまうと、偉い人の一言で国天の金看板を付けられ、観光客に取り巻かれている巨樹が哀れに思えてきます。

 大杉の陽気に触れたお客さんは、ノートに芳名やメッセージを残していきます。
 周囲に何もないところですが、県外から来ている人も多かった。
 すごかった! がんばれ! というメッセージがじんわり胸に染みます。

 気持ちのいい話はまだあります。
 大杉の根本に杉の若木があり、名札には「佐久の大杉」と書いてある。
 老杉が新しく生まれ変わっている姿です。
 たとえ巨体が崩壊したとしても、ずっとここにあり続けてほしいと願っている人たちがいる。

 どこまでも愛されている杉なんだな……と心が温まります。
 自分もまた訪ねに来ます。

 「佐久の大杉」
 茨城県石岡市佐久 鹿島神社
 推定樹齢:1300年
 樹種:スギ
 樹高:28.6メートル
 幹周:8.9メートル

 県指定天然記念物

 訪問:2018.12

 探訪メモ:
 すぐ手前に地域の集会場のような場所があり、車1、2台程度なら停めさせてもらえるはず。
 道は狭いので、ご迷惑にならないようにしましょう。
 綺麗に清掃され、花壇もあり、心地良い空間でした。

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